風惑リアリティ 九話 過ぎる痛みはやっぱり痛い
いつもの屋上、そこで俺と、ツナと、獄寺と、山本と。4人そろって昼食をとるのが、いつもの俺の昼休みの過ごし方。
「しっかし本当に、の料理って美味いよなー」
「食いたきゃ1日200円で作ってやるよ。でも山本の弁当だってすげぇ美味いじゃん」
俺の弁当に入っていたから揚げをひとつ摘まんで、山本がしみじみとそう言うのに軽く提案を返す。
すでに無断でおかずを取る常習犯だが、こちらも負けじと山本の弁当からほうれん草のおひたしを奪い取らせてもらった。こいつはもう成長しなくていいんじゃないだろうかと思う。特に背とか。
(……ただのやっかみだけどな……こいつとか中学生のくせに背高すぎんだよ)
「の弁当だったらもっととれるんじゃない?いっそ商売しちゃえばいいのに」
「1人2人ならまだしも、そう何人分も作る時間と手間が朝っぱらにあると思うか?」
不思議そうな顔をしたツナが、それもそうかと頷くのに合わせて溜息をついた。そもそも弁当を売るとは言っても相当数をさばけなければろくな収入にはならないだろう。
しかしツナは俺がバイトしていることを知らないはずだけれど、よく商売などという言葉が出てきたものだ。
そう言えば今日はバイトが入っているのに、日直でもあった。今のうちに日誌を書いておこうかと思い立ち、腰を上げる。
「俺ちょっと日誌取ってくるわ。昼休みにいくらか書いておかねーと」
「日誌なんかぱぱっと終わらせられんだろーが。ノロいんじゃねーの?」
「いつも日誌はパートナー任せのお前に言われたかねーよ」
獄寺のぶすくれた声と、山本の早く戻ってこいよー、という声を背に屋上のドアを閉めた。今思えば、日誌は後回しにするべきだったのだけれど。
過ぎる痛みはやっぱり痛い
「こりゃひでえ……」
日誌片手に戻った屋上に3人の姿はなく、1人不敵に笑うリボーンが3人は応接室に向かったと言った。もちろんそこに誰が居るかは知らずに、だ。
ツナや山本ならまだしも、獄寺は絶対にあいつの気に障るだろう。制服崩しにくわえ煙草。
なにより、“仲良く3人揃って向かったぞ”というリボーンの決定打が俺を打ちのめした。しかしうなだれている暇などない。
全速力で駆けて応接室に向かった俺の目に映ったのは、倒れている獄寺と山本、そしてなぜかスリッパ片手のツナと、トンファーを構えた雲雀がにらみ合っている図だった。
ツナはパンツ一丁で、しかしもう死ぬ気化は解けたのだろう頭の炎は消えていた。茫然と応接室の入口で立ち尽くす俺に気づいた雲雀が、こちらに胡乱な視線を投げかけてきた。
「君か、何か用?今取り込み中なんだけど」
向けられた目の冷たさは今まさにツナを「咬み殺そう」としている獣のごとく鋭かった。けれど、物怖じしてはいられない。
「悪いな、丁度用があって来たんだよ。……目の前で友達が殴られるのを黙ってみているわけにもいかないからな」
「、どうしてここが」
「リボーンに聞いたよ。ツナ、獄寺と山本連れて戻れ」
「そんなこと、許すと思ってるの?」
俺が部屋の中に足を踏み入れると同時、トンファーが振りかぶられた。俺ではなく、ツナに向かって。
ツナが慌てて頭を庇うが、それで緩衝出来るような一撃ではないことを俺は身をもって知っている。
だから1歩大きく踏み出して、手が挙げられて開いたツナの脇腹に蹴りを一発入れてツナを吹っ飛ばす。振り下ろされたトンファーは空振りした。
「イター!、なにすんのさ痛いよ!!」
「雲雀の一発くらうよりは全然軽いと思うぜ?腕じゃ間に合わなかったんだよ。悪かったな……さっさと、行けよ」
しっし、と手を振って、苦笑した顔を向けてやる。そこで本当に、俺が雲雀を引きとめようとしているのだと気づいたらしいツナは痛みにしかめていた顔をさらに青くした。
できない、とでもしたのだろうか困ったように眉を下げて口を開きかけたツナを睨む。
「2人を早く避難させろよ。お前らが逃げれば俺も逃げる。痛ぇのは俺だって嫌だからな」
口調を強めて言えば、やっとツナが頷いた。2人へと近づいて、引きずり始める。
空振りしたトンファーを構えなおして、雲雀が今度は俺に向きなおった。
「僕今すっごく機嫌悪いんだけど。当たり前だけど……覚悟しなよ」
「嫌だね。そんな骨が折れそうなトンファー当たってやるもんか」
精一杯の強がりを述べて視線を合わせ、一秒。
前触れなく雲雀が踏み込んでくる。間違いなく顎を狙って突き出されたトンファーをかわすと同時、左手でトンファーを外側へと払う。間髪をおかず繰り出された蹴りを後方へ飛んでかわした。
とそこで、後方の入口付近にはツナたちがいるであろうことを思い出して顔を顰めた。ただでさえあまり広くないこの室内で、さらに距離を取ることができない。
高い風切り音をたてて回転するトンファーが首を狙ってくるのを体を屈めて回避し、雲雀の軸足を狙って回し蹴りを出した―――その時、俺を飛び越えるように雲雀が大きくジャンプした。
(やばい)
見なくてもわかる。今俺の後ろに、きっとツナ達がいるのだ。そして雲雀はそちらを狙っている。
考える時間は無い、咄嗟に俺は頭上を飛び越えていく雲雀の足に手を伸ばした。靴に、指先が触れる。もう少し、と無理な体勢からさらに手を上へと伸ばす。
(届けッ!)
そして、雲雀の足首に手が届いた。何も考えず、ただそちらへ行かせまいとして掴んだ足をこちらへ引きよせると、体勢を崩した雲雀が俺の真上に―――――
(し、失敗……っ)
引いたあと、すぐに手を離すべきだった。雲雀なら軽く体勢を整えて上手く着地してくれるものとばかり思っていたが、引いた足ごとそのまま俺の真上に降って来たのだ。
「?!」
「うっぎゃああ痛ぇ!!」
どたぁっと音を立てて、雲雀が落ちてきた。痛みで手を離したため本人はすぐに退いてくれたものの、俺の体勢は崩れたままだ。大の字で転がって、思いきり踏まれた左肩を抑える。
「逃がしたか……ちょっと、どうしてくれるのさ」
ドアの向こうを見て舌打ちをすると、雲雀が腹いせと言わんばかりに蹴りつけてくる。しかしその様子からツナ達が無事に逃げられたことを窺わせた。
「いい気味だな、って痛ぇよさっきから!お前は鬼か!」
「わお、草食動物たちを逃がしておいて、これで済むと思ってるの?甘いね」
目には絶対零度の怒りを秘めて、蹴りつけてきていた足が俺の抑えていた左肩を踏み込んでくる。ぐりぐりと体重をかけてくるその足の動きには悪意が満ちていた。
(やべ、左手死ぬ……)
「そういえばこの間、ここから見ていたのもさっきの草食動物のうちの2人だったっけ。いつも群れてるの?咬み殺すよ」
「そこまでだ」
骨が軋むような肩の痛みに、危うく意識が飛びそうになる。そんな俺の耳に飛び込んできた制止の声は、その時ばかりは神の声にさえ思えた。
「、無事だった?!」
「全然……マジ痛ぇ」
リボーンのお陰でなんとか応接室から抜け出して、屋上に戻ってきた俺をツナたちが迎えてくれた。獄寺と山本の意識も戻ったらしく、酷い外傷はないようだった。
「あんな人を引きとめるなんて無茶だよ、おかげで助かったけど」
「その通りだぞ。あの雲雀相手に保ったほうじゃねえか、」
褒められても全く嬉しくない。間違いなく打ち身を起こしているであろう左肩をさする。骨にヒビが入っていたりしないといいのだけれど。
「もう3回目位になるから、いくらかトンファーのスピードに慣れたお陰じゃねえか?はっきり言ってもう嫌だ」
「さ、3回目?!初めて会ったんじゃないの?」
叫び仰天するツナと、目を見開く山本、盛大に眉を跳ねあげた獄寺と3者3様で驚きを表してくれたが、雲雀と面識があってもなんのグッドステータスにもならない。むしろ俺としては面識なんて持っていたくなかった。
溜息を吐きつつ落とした視線が赤ん坊とばっちり合ってしまって、さっと目を逸らす。
不敵に笑うその口から、良くない言葉が飛び出す予感がしたのだ。
「お前やっぱファミリーに入るか?」
「お断りだ」
予感的中。