風惑リアリティ 八話 現実よ、現実なれば


まったく夏休みはいいものだと思う。
学校がないからバイトに精を出せるし雲雀に絡まれることもないし獄寺のダイナマイトに怯えることもない。だがしかし。

「宿題のプリント俺に預けて何日経ったと思ってんだあいつ……」



現実よ、現実なれば



大学生になって夏休み恒例山盛りの宿題から解放されたはずだったのに、中学生として過ごさざるを得なくなってしまった俺はまたもや量だけ多い宿題をこなさなければならなくなった。
とはいっても大1が中1のものをやるとなれば、3日とかからずに終わるのだろうけれど。
バイトが休みの今日、さあ一気に済ませるかとプリントの山を開いてみると数学のプリントだけすべて2枚ずつになっていることに気がついた。 7月の記憶を探ってみれば、最後の数学をサボタージュしたツナの分まで俺が教師から預かっていたことを思い出したのである。

というわけで夏休みも半ばの今、ツナの家まで届けに来たというわけだ。
うだるような暑さの中プリント片手に来てみれば、ツナの家の前に誰かがいる。知らない奴だが、どうやらその肩に背負われているのは、牛柄の洋服を着た子供・ランボのようだ。
(あいつ誰だよ、でけぇ箱持って。宅急便か?)
と、はっとする。眼鏡をかけた気弱そうな少年の顔には見覚えがあった。俺が来る直前に読んでいたジャンプにはもう出てきていた男の、10年程前の顔だ。
(入江、正一……)
ツナが入江に会ったのはこの時期だったのかと納得する。今は夏休みだ、獄寺や山本が知らなくてもおかしくはない。
本誌しか読んでいない俺にはそんな奴もいたなという認識程度で、いつ出てきたのかなどはまるで頭に入っていなかった。
本誌の展開がフラッシュバックして、未来の獄寺が“あいつさえいなければ”と言っていた話を呼び起こす。もしその言葉が正しいとするなら、今日一日が入江にとって何も無い日ならば―――



「こいつの家に何か用か?」

インターホンを押そうとした入江の指が止まる。怯えたように振り向く様子は、どこにでもいる少年だった。

「あの、この子と、この箱を届けに……間違って僕の家に届いたので」

俺の言葉に、入江の顔に警戒の色が浮かぶ。まずい、と慌てて笑顔を取り繕いつつ自分の事情を話す。

「俺はここに住んでる奴の友達だよ。忘れ物を届けに来たんだ」

ひら、と手に持ったプリントを見せつつ庭先を伺った。すでに入江の顔が蒼かったのはどうやら水着で日光浴をしているビアンキのせいらしい。 非日本的すぎると軽く肩を落とす。これではどういう家なのかと不信感が募るのも無理はない。
俺の答えに少し納得してくれたらしい入江から注意を逸らさないままでツナの部屋の窓を伺うが、ツナがそこに居るのかはわからない。

(できればツナに会わせたくないな)

ひとかけらの希望を込めて、息を吐き出した。

「リボーン、いるか?!」

「居るぞ、ちゃおっス」

てっきり家の中に居ると思って声をかけたのに、求める声は間をおかず俺の足もとから返ってきた。リボーンを呼ぶ声にツナは反応しなかったようで、玄関からツナが出てくる様子はない。
その隙にと、突然現れた赤ん坊に驚いている入江から、箱をひったくるように取ってリボーンに渡す。

「これ、間違って届いてたってよ。ボヴィーノからだろ?この牛マーク」

確かこの箱が未来の入江のもとにも残っていた描写があった。きっと少なからずこの箱が未来での話に関わっているのではないかと推測した俺にとっては、リボーンが受け取ってくれれば万々歳だ。
そうして、安堵した瞬間、

「がーっはっはっは!リボーンめっけ!ランボさんの手榴弾をくらえいっ!」

入江に背負われたままのランボが目を覚まして、あろうことかリボーンに手榴弾を投げつけた。

(やべ……!)

咄嗟に入江の目を手で覆う。うわあ、と驚いたらしい声が聞こえたがこんな住宅街で爆発物などという危険極まりないものを見せたくなかった。
即座にリボーンが手榴弾を弾き返して、興味を失ったように家の中へと引き返す姿に舌打ちする。
どうせなら無力化してくれればいいのにと思いながら、入江を抱き込んでランボに命中した手榴弾の爆風から庇うが、この状況についていけないらしい入江が腕の中で悲鳴をあげた。
もくもくとあがる黒煙がやっと晴れてきたのに合わせて手を放す。

「わりぃ、ちょっと危なかったから」

「今、何が?!爆発しませんでしたか!?」

案の定パニックになっている入江に何と説明したものかと首を傾げる俺の視界の端にふと映るものをみて息を飲んだ。そこにはリボーンが置いて行ってしまった箱と、

(10年、バズーカ……!)

ランボが泣きながらバズーカを構えている。その銃口はランボ自身に向いていることからも、バズーカの正体は明らかだった。しかしランボの変化を入江に見せるわけにはいかない!

「危な……っ」

一息でランボに近づいて、今にも弾が発射されそうなバズーカを蹴りあげる。銃口がランボから外れたその瞬間に飛び出した弾が、軌道を変えて俺に向かってくるのを見て慌てて身を伏せた。
けれどその一瞬後、俺はその行動が裏目に出たことを理解した。俺が避けた弾の行先は、背後に置かれている―――箱。


ドォン、と鼓膜を震わせる爆音が辺りに轟く。周囲を白く染めた煙がようやく晴れるとそこには、

「……無機物でも送れんのか」

あったはずのボヴィーノ詰め合わせの箱が消えていた。入江に10年バズーカの効果を見せまいとしてやったことが無駄になってしまった、と肩を落としつつ入江を振り返る。案の定入江の顔色は真っ青だった。
「えーと、おい。大丈夫か?」

「な、なんてことするんですかあなたは!」

目を見開いてこちらを凝視する入江が一言も発しないので、爆風に煽られてどこか怪我でもしたのかと声をかけたら、その瞬間ものすごい勢いで入江が詰め寄ってきた。

「一歩間違えたら死んでますよ?!バズーカ。しかも発射直前のを蹴り飛ばすなんて普通しませんよ!!」

まくしたてられる内容が、どうも予想していたものと違うので戸惑う。てっきり箱が消えたことを聞いてくると思っていた。

「見てください、僕が持ってきた箱なんて跡形もなく吹き飛んで!あなたもああなっていたかもしれないんですよ?!」

ほら!と箱があった場所を指さして怒っている入江はどうやら俺のことを心配してくれているらしい。思わず頬を掻いた。

「いや、そりゃ悪かったけどよ。お前に当たんなくてよかったじゃんか」

もし入江が10年バズーカに当たっていたらこの物語はどうなっていたものかと思う。しかし久しぶりの普通の人の反応に、この平凡な少年がマフィアの不思議現象に巻き込まれなくてよかったとも、感じていた。
今の時点では箱のことも爆弾に当たって消し飛んだだけだと思ってくれているようだし、災い転じて福となすとはまさにこのことだろう。
俺の言葉に、ぽかんと俺を見上げていた入江が困ったように再び口を開いた。

「僕、“お前”じゃなくて入江正一です」

知ってるけど、と思わず滑りそうになった口を慌てて閉ざした。

「助けてくれた、ってことかな、どうもありがとうございます」

「あ?!いいよ、別に感謝されることしてねぇし」

手を振って取り消す。もともと俺はツナのことを考えていて、結果的に入江を助ける格好になっただけだ。それにもし、万が一これでも物語が変わらなかった場合、目の前のこいつはツナの敵になる。
どういう理由があるのか俺にはよくわからないけれど、その時のことを考えると胸が詰まるような気がした。
そうして未来に思いを馳せて、気付く。5分経ってこの場に戻ってくるかもしれない箱を見せるのは厄介だ。

「もう箱も無くなっちまったし、届け主には俺から言っといてやるから。もうお前帰れよ」

「え?……はい!それじゃあ」

もともと出来るだけここにとどまりたくなかったらしく、入江は俺の一言に頷いて早々と走り去っていった。
その後姿が見えなくなるまで見送って、俺は玄関の脇に伸びたままのランボを抱えてツナの家のインターホンを押した。

「おーいツナ、お前にプリント届けに……あ、焦げてる」

「えー!?なにがどうなったらプリント焦げんだよ!!」

(そういや俺、入江に名乗らなかったな……ま、いいか)

今日入江とツナは顔を合わせていない、これで最悪の未来を回避できるかもしれないのではないかと―――そう、思っていた。

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