風惑リアリティ 六話 大切な一瞬は守りましょう
「毎度思うんだけどよ」
ぱく、と箸でつまんだきんぴらを口に入れて咀嚼する。我ながらなかなかの味だが、力無く箸を置いて横に座るツナに向きなおった。
「俺、あいつと気が合う気がしねぇ」
「十代目ぇー!遅くなりました、あなたの右腕獄寺隼人、只今購買から帰還しました!!」
そう、屋上の扉を大きく開け放ち大声で叫ぶ忠犬とは。
大切な一瞬は守りましょう
もうずっとツナは疲れた笑みを浮かべていて、口には出さないが俺の意見に概ね賛成してくれているように見えた。
せめて昼食の時間ぐらいは穏やかに過ごしたいものだが、どっかりとツナの横に腰を下ろしたこいつはどうにもそんな俺の邪魔をしたくてしょうがないらしい。
獄寺が転校してきたその日―――正しくはツナを10代目候補と認めた瞬間から、当たり前のようにツナの横には獄寺の姿があるようになった。
「ああん?てめえ何ガンつけてんだ」
「不健康そうな顔だと思っただけだ。お前栄養取れてないんじゃねーの?」
溜息が出る。いつでもどこでもツナのことを10代目と呼んで慕うのは漫画で読んで知っていたが、近くにいるとこんなに騒がしいものだとは思わなかった。 一応この世界では俺がツナと知り合う方が早かったはずだが、そんな俺を邪魔者としか見ていない獄寺の態度はなかなかに酷いものがある。
「、獄寺くん……お昼、食べようよ」
「もっちろんです10代目!俺としてはこいつがいなくなってくれればいいと思わないでもないんスけどね!」
「俺のセリフだこの平和ブレイカー、いっつもパンばっか食いやがって。俺の弁当でも食って感動しろよ」
「誰が食うかお前の弁当なんぞ腹壊すっつんだよ!」
「え、獄寺くん食べないなら俺もらうよ」
期待を込めてこちらを見上げるツナに笑顔で弁当箱を差し出した。
残りのおかずは出し巻きと先ほど食べたきんぴらが半分だ。いつもなら昼食のあとはバイトの後の夕食まで間が空くのだが、今日はバイトもないことだし全部食べても構わない。
というより放課後のことを思えばあまり箸が進まないというのが真実だった。
「駄目ですよ10代目、きっと死ぬほど体調が悪化します」
「獄寺くんまだ食べたことなかったっけ?の弁当うまいんだよ?」
「え……」
すでにツナが俺の弁当の味を知っていることに愕然としたらしい獄寺を鼻で笑いつつ、ツナにさらに勧めてやる。
「いいんだぞツナ、こんな奴に分けてやることねぇから食っちまえ」
「だっ……駄目です10代目俺が毒見します!」
素直に食いたいと言えばいいのにこのあまのじゃくは、と苦笑いしつつツナを見やればこちらは先ほどよりは笑みを深めて慎重深げに俺の弁当を眺める獄寺を見ていた。
なんだかんだとやはりツナは獄寺のことをわかってやっているのではないかと思いながら空を振り仰ぐ。
真っ青な空はぽつぽつと浮かぶ雲がある程度のきれいな晴れだった。太陽の眩しさに目を細める。
(ホント……空だけ見てればここがどこだか分らねぇな)
らしくなく感傷に浸りそうになって目を閉じたら、校庭で騒ぐ生徒たちの声が聞こえてきた。
立ち上がり、屋上のフェンスに近づいて校庭を見下ろせば、もう昼食を取り終えたのだろうクラスメートの遊ぶ姿があった。
その中に、クラスの人気者・山本の姿を見つけて、楽しそうに騒いでいるその様子に疑問が頭を擡げた。
(まさかあいつが自殺未遂するようには見えねんだけどな)
フェンスに寄りかかって頬杖をつく。本当に楽しそうに笑っているように見える山本が、悩みを抱えているということだろうか。考えに沈みそうになったところで背後の声に気を取られた。
「……うめぇ」
「あ、ちなみにこれの手作りなんだよ」
「んなにいいいい!?」
そういえば言っていなかった。ツナは俺が弁当を毎日手作りしていることを知っているから、つい獄寺にその事を言うのを忘れていた。振り返ればしっかり出し巻き1つをたいらげたらしい獄寺と目が合った。
泡を食って信じらないようなものを見る目でこちらを見てくる獄寺に口角をあげて言ってやる。
「美味かったか?俺の手作りだし巻き卵は」
なんと言っていいのかわからないらしく目を白黒させる獄寺の顔は見ものだった。
ツナと笑い合いながら、ふとその横顔を眺める。そういえばリボーンには俺のことを説明したけれど、ツナには伝わっていないらしい。俺への接し方が変わることもないし、何かを聞いてくることもない。
安心する反面、友人に隠しごとをしているという後ろめたさが俺を苛んでいた。
「何遠い目してるのさ。言ったとおり給与明細と使用用途を書いたレポート、持ってきたんだろうね」
「持ってきたよ……ああ信じたくねぇなんで俺こんなことしてんの」
今日はバイトがない。……というより今日はバイトを入れないでおいてもらったというのが正しい。
本来なら今日はバイトが入っている曜日だが、雲雀に言われたレポートの締め切りが今日だったのだ。
「……ちょっと、なにこれ」
せっかくバイトのない貴重な放課後に、中学校の応接室で俺は何をしているんだろう、とひとりごちていた俺に若干硬めの雲雀の声がかかった。
「なんだよ?」
「なにこの『その他』っていう項目。これじゃわざわざ書かせた意味ないじゃない」
冷たく続く雲雀の言葉に、思わずわなわなと肩が震えた。
「お前は俺の母さんか!別にバイト代から家賃食費水道代電気代もろもろ引いて残ったわずかな金で何しようと勝手じゃねえか」
「どうせウォークマンでも買ったんでしょ」
ぐ、と言葉に詰まる。その通り、俺は部屋に残ったままだった俺の貯蓄から少しだけ取り出して、余ったバイト代と合わせて壊れてしまったウォークマンを買いなおしたのだ。
うろうろと視線を彷徨わせて、結局行き場がなくて俺は足もとへと視線を落とした。ついでに肩も落とした。
「……悪いかよ」
気まずさを少しでもやわらげたくて小さく言い返すと、いかにも呆れたと言わんばかりの溜息が聞こえてきた。
「物わかりが悪い奴は嫌だな……じゃあ条件を追加しようか。君の好きにしていい金は月二万まで。それ以外は貯蓄か……もしくは風紀委員に寄付してもらおうか」
「きっ寄付ぅ?!意味わかんねなんでそんな……あーはいはいわかりましたよ!」
問答無用で取り出されたトンファーが冷たく光るので、酷過ぎる条件を飲まざるを得なかった。こんな狭い場所でトンファーを振り回されたらまたこちらに被害が出る。
「君のウォークマンがいくらしたかなんて知らないけど、そこの項目のところ詳細を付け足してもらおうか。使った分が二万超えてたら来月分から引くよ」
人の金の使い方にそこまでとやかく言われる筋合いはないのだけれど、一応バイトを認めてもらっていること自体が破格の条件なのだ。機嫌を損ねるわけにもいかない。
しぶしぶ示されたソファーに座って、手渡したレポートを再度引き取る。頭の中をひっくり返して必死に何に使ったかを思い出そうとするが、すんなりとは出てこないものだ。
唸っていると、てっきり自分の仕事に戻ったのだろうと思っていた雲雀から声がかかった。
「それにしても、君のところ家賃が異様に安いみたいだけど。1K?」
「ああ?うちは2LDKだよ」
「2LDKでこの額?おかしいな、この辺一帯でそんな額の物件ないはずだけど」
「もとは6万8千だからな、管理人さんが俺の事情を酌んでくれたんだよ。うー……あの時いくら使ったっけか」
ぶつぶつと声に出しながらレポートを書きなおす俺は自分のことに必死で、雲雀が訝しげにこちらをうかがっていたことなんて、知る由もなかった。
「終わった―!」
背伸びをしながら叫ぶ。ねちねちと何度も書き方を直されて仕上げたのだが、気付けば夕日が応接室に差し込んでいた。
「うん、これならよしとしようか。じゃあ帰っていいよ」
「相変わらず上から目線だなお前。友達いねえだろ」
体をひねりつつ窓の外を見れば、校庭に立つ人影が2つある。目を凝らせば、それがジャージを着たツナと山本であることに気がついた。
(校庭掃除?そういえばツナ押し付けられたって言ってたか)
獄寺は昼食の後早退してイタリアに飛んだらしいし、俺は応接室に来なければいけなかったから今日はツナ一人で掃除のはずだったのだが、どうやら山本が手伝いに来てくれたらしい。
そこまで考えて、昼に感じた疑問がいまさら胸に噴き出した。ツナが山本に頼られるのは確か自殺未遂の日の前日だ。ならば今はアドバイスを――――
と、見る間に二人が校庭の真ん中から離れていく。どうやら掃除が終わったらしい。
思わず窓に駆け寄った。しかし二人はいなくなってしまって、もう追いかけることもできない。
「あの2人がどうかしたの?」
「いや、あいつ……山本、大丈夫かなと思って」
どうやら俺が窓の外を凝視していたので雲雀もそちらを見ていたらしい。
しかしこちらの不安など知らない雲雀は淡々とお決まりの文句を続けた。
「言っとくけど群れたら噛み殺すよ」
「……お前の群れ認定って3人以上なの?」
言わなくてもよかったのに漏れてしまった一言に、チャキリと金属音が響いたので俺は応接室から逃げだした。
夕陽のオレンジの中に見えた2人の姿に、言いようのない不安を感じながら。