風惑リアリティ 五話 先生はなんでもお見通し
「おはよー!聞いてくれよ俺昨日球技大会でさー」
「知ってるよ、大活躍だったんだろ?よかったなー俺眠いからお休み」
朝一番、教室に入ってきたツナは真っ先に俺のところにきてはしゃいだ声を出した。しかし俺はそれに「やったな!」
と返してやれるテンションではなかったのだ。本当ならそのはしゃぎっぷりに頭を撫でてやりたいぐらいではあったのだけど。
(くっそ……打たれた首は痛えしバイトは給料引かれるし散々だぜ)
机に突っ伏すと頭の上をツナの声が通り過ぎていった。楽しそうな声に、だんだんと意識が覚醒する。
実際昨日家に帰ってからは、急に体を動かしたせいか酷い筋肉痛にうなされてろくすっぽ休めていない。どうにも雲雀が絡むと精神的にも肉体的にも疲労がたまるらしい。
ふわあ、と欠伸をすると涙が出た。その涙を拭っていると教室のドアがガラリと音をたてて開き、担任が入ってきた。
「転入生を紹介するぞ。皆席に着け」
その発言に教室中がにわかに色めき立った。6月にもなって転入生が来るなんて、確かに珍しい。横に立っていたツナも、自分の席へ戻っていった。
ドアの向こうに居るであろう転入生に各々が勝手な想像をするなか、俺にはその転入生に予想がついていた。
「イタリアに留学していた、獄寺隼人君だ」
まさに予想通り、という顔が教台の横に現れた。銀髪でそれなりの美形だがむすっとした顔がデフォルトの、嵐の爆弾男。
(ていうか爆弾魔じゃないのか?実際)
失礼なことを考えつつ、そいつに関する記憶を引っ張り出した。自称ツナの右腕、ツナの最初のファミリー。
自然、ツナの方を見やる。ツナはまさかそんなことになるとも思っていないだろうが、突然ツナがびく、と震えた。
これからの展開を直感したのかと思ったがどうも違うらしい。再度獄寺の方へ目をやると思いきりツナに向けてガンを飛ばしていた。
(そういえば、最初はそんな態度だったんだっけ)
先生はなんでもお見通し
「ー昼飯食べようよ。今日は裏庭あたりでどう?」
「いいぜ、行くか。……ちょっと待て裏庭?」
「うん裏庭。嫌?」
いつもは屋上か教室のくせになんでこういうときに限って裏庭選択なのだろう。きっとこういうのはしょうがないことなのだろうが、苦難に自ら向っていくツナがダメツナと呼ばれる所以がなんとなく窺える瞬間だった。
「まあ、いいか。じゃあちょっと待ってろ」
弁当をひとまずツナに預けて駆け出す。速攻で目的地まで行って戻ってくれば1分とかからなかった。
「お待たせ」
「……何そのバケツ。水満杯じゃん」
自分の身を守るためだがとりあえずこの場で何を言っても仕方無い。バケツを持っていない方の手で弁当を受け取って、歩きだす。
裏庭に出る裏口を出たところで、低い声が聞こえてきた。
「お前みたいなやつがボンゴレファミリーの十代目候補だなんて信じられねぇな」
あまりに予想通りの展開に思わず頭を抱えたくなった。わざわざ人気のない裏庭なんて来たら、絶好の奇襲タイミングに決まっている。
塞がった両手で頭を抱えるなんて芸当、できるわけはないけれど。
「俺はお前を認めねえ!」
やはり校舎の陰から姿を現したのは獄寺だった。こちらがツナ一人ではなく俺も一緒に居ることぐらい考慮してほしかったが、そう言うわけにもいかないらしい。
一方的にまくし立てた後、獄寺は懐に手を入れた。散々リボーンがそこから銃を取り出すのを見ていたせいだろう、「ひいっ」と悲鳴を上げてツナが顔をかばった。
しかし俺はそこから出てくるのが銃ではないと知っている。
「目障りだ……果てろ!」
これから何度も聞く羽目になるのだろう決めゼリフとともに、素早く取り出されたダイナマイトに煙草の火で着火する。慣れた手つきでこちらに投げてくるのを、
「こちとら一般人だっつの!!」
ばしゃあ、と勢いよくバケツの水を放ってダイナマイトの火を消す。じゅう……と音を立てて地に落ちたダイナマイトの導線をさらに踏んで、火の気配が完全に消えたのを確かめた。
ようやく安堵の息を吐いたところで、先ほどよりもさらに低地を這うような声が響いた。
「てめえ……なんで水なんか持ってやがる」
「身の危険を感じたからだ。ほいツナ、弁当持って待っててやるからとっとと済ませよ」
「んなあー!?意味分かんないよ!」
半ば獄寺とツナを無視するような形で、ツナの手から弁当を抜き取って裏庭の隅に避難する。一応ツナにはグッドラック、とサインを送っておいてやったけれど。
ひとまず獄寺は元の目的を達成することにしたらしく、こちらから視線をはずしてツナに向きなおった。放たれる獄寺の第2撃に、ツナが逃げていく。
その背中を追うダイナマイトに、銃声とともに弾丸がヒットして導線を切断した。
「リボーン!」
いつの間にか校舎の窓枠に腰かけてこの場を眺める赤ん坊が居た。ツナが天の助けとばかりに泣きつくが、そのお返しは死ぬ気弾だったようだ。復活してダイナマイトに立ち向かうツナの姿が見えた。
一度きわどい質問を受けているため俺としてはリボーンに近づきたくない、そう思ってさらにその場を離れようとしたが無駄だった。
「おい、お前」
やることは終えたのだろう、赤ん坊が堂々とこちらに近づいてくる。ツナと獄寺はすでにこの場から移動していた、それは助かるのだけれど。
「……なんだよ、何か用か」
「用は大アリだ。ツナの友達と唯一言えるような友達、」
(なんか変な形容詞がつけられてるな・・・いやツナの友達とはこの間確かに言ったけど)
唯一という響きがなんだか涙を誘う。そんなどうでもいいことに考えを巡らせている場合ではなかった。
「俺がイタリア語であいさつすること、獄寺がダイナマイトを使うとわかっていたように水を用意していたお前は何者だ」
問いかける声の温度はかなり低い。いきなりの本命だ。逃げ場のない袋小路に突然追い詰められたような気分がした。
「何者って……普通の中学生じゃんか俺」
「答えたくないらしいな。それでもいいさ、お前を消すだけだ」
迷いなく銃を構える姿は赤ん坊としてはあり得ないが、感じるプレッシャーは本物だ。この赤ん坊がヒットマンで、まさに漫画のタイトルとなっているリボーンであることは最早疑いの余地はない。
チャキ、と銃口をこちらに向けて安全装置を外す動作に迷いはなかった。
(中に装填されてんのは……死ぬ気弾、なのか?)
先ほどツナに撃ったばかりだから、というのは安易な考え方だが、もしもその通りならリボーンの思惑に合点が行く。
喋らなかったことを後悔して死んだ俺からすべてを聞き出そうというのだろう。それならば、最悪俺が死ぬことはない。
もしもただの銃弾だったらと思うと全身の震えが止まらない、けれど俺に最強と謳われるリボーンの銃弾を防ぐことなどできるはずもない。
パニックになる頭でなんとかそれだけを考えたところで、タイムリミットだった。
「よほどの覚悟らしいな、だがそれなら……喋らなかったことを後悔して死ね」
リボーンの言葉に、前者が正しかったことを喜ぶ前に小さな指がトリガーを引いた。それを知覚した時にはすでに銃弾は放たれている――――――
キン、と何かが弾かれるような音がした。
何が起こったのかわからない。ただ、俺は生きていたし死ぬ気の状態にだってなっていなかった。思わず額に手をやるが、当たり前だが穴も開いていない。
目を瞬かせつつ赤ん坊を見下ろす。状況が理解できないのは相手も同じのようだった。
しかし、もう一度指がトリガーを引いた。
「うわっ」
今度こそ死ぬ、そう思って目をつぶろうとした瞬間に、俺は見た。
俺の顔、正しくは俺の顔から3cmほど離れたところで銃弾は何かに弾かれたように向きを変えたのだ。慌てて足もとに視線を落とせば、銃痕が2つついていた。
どうやら1発目も2発目と同じように弾かれたらしい。
「どうやらまぐれじゃねーみたいだな。お前本当に何者だ?」
むしろ俺が聞きたい。混乱してうまく考えがまとまらなかった。
(なんだこれ?どうして銃弾が俺の前で弾かれたりするんだよ)
らちが明かないと思われたらしい。目の前でリボーンがホルダーから弾を出して詰め替える。新しく装填した弾はどうやら、
「動くなよ」
普通の銃弾らしかった。それを俺が知ったたのは、俺の制服を掠めて飛んでいった銃弾によってついた焦げ跡を見てからだったが。
「っおま、なにすんだ危ねえなあ!!」
「弾くのは死ぬ気弾だけか……ふん、面白い」
うっかり手を動かしていれば二の腕を撃ち抜かれていたようなギリギリさ加減に、今更のように冷や汗が吹き出した。
この赤ん坊はそんな俺を気にも留めていないようで、代わりにニヒルな笑みを浮かべて俺を見上げた。
「話してみろよ、なにやら訳ありっぽいじゃねえか」
リボーンの誘いに、話していいものかと困惑する。雲雀相手のように退学沙汰に結びついたりはしないだろうが、こいつの場合は本当に殺される恐れがあるからだ。
(とは言っても・・・話さなくても同じ結果か)
どういう仕組みだか分らないが、どうやら俺が弾けるのは死ぬ気弾だけのようだし、普通の銃弾を防げないならそれはつまりリボーンに対して抵抗の手段を持たないということである。
はあ、と肩を落としつつ、腹を決めた。
「俺はこの世界の人間じゃない。突然ここに飛ばされて、とりあえずここで生活してる。いつかは帰れるらしいんでな。
俺の世界ではこの世界のことは漫画で描かれてて、それを俺は読んでた。だからお前のことも獄寺のことも知ってる」
「・・・漫画?お前の世界でのお遊びのようなもんに俺たちのことが描かれてるっていうのか」
「信じないならそれでもいいさ。ただ俺にとってはこれが現実なんでね」
顔をしかめてこちらを見上げてくるリボーンの声には当たり前だが不信の色が滲んでいた。しょうがないとも思う。俺が逆の立場だったら鼻で笑い飛ばしているだろう。
「なら、俺が雇われてるとこの名前は」
「ボンゴレファミリー。ツナを十代目にするためにお前はイタリアからはるばる日本まで来たんだろ?アルコバレーノのリボーン」
開き直ってしまえばするすると口からいろんな言葉が出る。しかし出してしまってからしまったと思った。
もし、いらない秘密を散々知っている俺のことを、リボーンが消す必要のある人間だと判断したら?自分のうっかりさ加減に涙が出そうになった。
昨日の雲雀との賭けの戦闘中も自分に腹が立ったものだったが、次のリボーンの言葉に救われた気分になった。
「いいだろう、本当に面白いな。」
「……へ?」
まさかあんなやり取りで納得したのか?不思議に思わずにはいられなかった。ヒットマンともあろうやつがこんなに俺のことばなんか鵜呑みにしていいのか。
「ただしてめーはまだ様子見させてもらうぜ。邪魔になるようだったら消す」
前言撤回。全然救われない。そんな俺の気分の浮き沈みなどまるでどうでもいいといわんばかりにこちらに背を向けて、赤ん坊は歩きだした。気付けば絶え間なく響いてきていた爆音が消えている。
「あっちも終わったみてえだし、メシにするぞ。お前の弁当ちょっと寄こせ」
「何言ってんだやらねえよ!ツナの弁当でも食ってろ」
「それはもちろん食うが。俺が知らないとでも思ってんのか?料理うまいんだろ?」
(ツナに聞きやがったな……!)
歯噛みしつつ小さな背中を追う。当面の問題は無くなったようで、少し気が晴れた。