風惑リアリティ 四話 夢は痛みでも覚めてくれない
必死に頼み込んできたクラスメイトの言葉を
「頼むよ、お前運動できんじゃん!球技大会のバレーの補欠、やってくれよ!」
俺は、
「めんどいから断る」
右から左へ受け流す〜。
というか出ないのではなく出られないのだ。球技大会はこれからの時間、つまり授業の後の放課後に行われる。
(今日バイトの日だから遅れるわけにもいかねえし)
「鬼!いいじゃねえか手ぇ貸してくれたって!お前運動神経抜群のくせに」
「悪いなー、俺もやってやりたいんだけどな。今日は駄目なんだよ」
もともと中高と陸上部入ってた俺は体を動かすのが好きだし、本当なら手伝ってやりたいところだがこちらも生活がかかっている。
しぶしぶ諦めてくれたらしいクラスメイトに謝りつつ、教室を出る。と同時、廊下で掃除をしていたツナにそのクラスメイトが飛びついた。
(ははあ。ツナに頼むのか。そういえばそんなこともあったような)
死ぬ気弾がジャンプ弾になる日か、と思い当たって苦笑する。ツナにとってはまたヒーローになれる日でもあるが、かなり痛い思いをする日でもあるだろう。 心の中でがんばれツナ!と応援しつつ校舎を出た。
今日は一度マンションに帰ってバイト着を取ってこなくてはいけないから少し急がなければならないな、と足を速めたが、すぐにその動きを止めた。
いや、止めざるを得なかったのだ。
「風紀委員長、すいませんけどそこどいてもらえませんか」
「いやだね。君、球技大会出ないの?そんなに急いでどこに行くのかな」
校門の前に仁王立ちで立ちふさがる、鬼より怖い風紀委員長の姿があったからである。
普通の顔で立っているだけでも怖いのに、今は眉間に皺をよせ不快感を最大に現わしてなお仁王立ち。はっきりいって子供が見たらトラウマになりかねない。
「どうでもいいと思いますけど。それとも風紀委員長にはプライベートまで話さなければいけないという校則でも?」
「ないね。けれど……校則で禁止されてることを堂々とやってる輩を野放しにはできないな」
半ば予想できていたことだ。顔をしかめつつ、先日の脅しを思い出す。
(やっぱばれてた、ってことか)
「現行犯じゃないですけど。そんなこと言ったって……」
「駄目。ファミレス従業員、1−A。校則違反で、噛み殺す」
チャキリ、とトンファーを構えられる。今度は2本とも、だ。殺気なんてものは知らないけれど、周囲の空気が冷たくなったような気がした。
逃げ出したい。むしろ逃げろと頭で警鐘が鳴っている。
しかしどちらにせよバイトを辞めるわけにはいかないし、最初からここに通うように指定まであったのに並盛中を退学になってしまっては
俺が帰る日が遠のいてしまうだろうと本能でもわかっていた。だから、賭けに出る。
「委員長、3分。3分あんたのトンファーかわし続けることができたら、ちょっと俺の事情聞いてもらいたいんですけど」
「ワオ、強気だね。そんな義理ないんだけど」
雲雀の言葉に落胆する。活路が開けないものかと歯噛みしたが、予想だにしない言葉が続いた。
「まあいいよ。3分、もしも君がそんなことできたら聞いてあげよう。その代り1発1発は本気でいくよ」
了承を得られたことに驚きつつ、慌てて腕時計を確認した。タイマーをセットして3分経てばアラームが鳴る。
セットし終わると同時、相手が近づいてくるのが見えた。
「いくよ」
考える暇もない。開いていた3m程の距離を一気に詰めてくる雲雀のスピードに内心で悲鳴を上げつつ後ろへ体を投げ出す。
バク転の要領で、伸ばした右手を支点に1回転して元いた場所からさらに2mほど離れる。
大きく踏み込んだトンファーの第1撃を避けられたことに安堵しつつ、肩に背負っていたバッグを投げ捨て雲雀の位置を確認した。
「ふん、なかなか速いね」
「そりゃどーも」
避けた1撃が先ほどの言葉通り本気の1撃だったというのは、トンファーの叩きつけられた地面が大きく陥没しているのから明らかだ。
1発でも当たったらと思うとぞっとする。が、その間も惜しい。一言述べてすぐ、左右のトンファーを回転させつつ、獣じみた笑みを浮かべて近づいてくる。
近距離戦に持ち込まれたら避け続けるなど到底できない。適度な距離を保ちつつ雲雀の腕の動きを見てかわすしか、この勝負勝ち目はないのだ。 先日は不意に真横から繰り出されたトンファーにしゃがむのがやっとだったが、しっかり目の前で雲雀の手の動きを確認できるならかわすぐらいはできるだろう。
何度目かわからないトンファーの攻撃を間一髪かわしたところで、ちらりと腕時計に目をやる。しかしデジタルの数字が指すのは無情にも残り30秒。
「よそ見してる余裕があるの?」
ちら、と目をやるだけの数瞬。それすらも、こいつ相手にはかなり大きい隙となる。そんなことを見落としていた。
危うく制服をかすめ掛けるトンファーの軌道から身をよじって、ひねった体の動きからそのまま回転蹴りに繋げようとしてひやりとした。
(こいつのことだ……この蹴りをトンファーで止めたらそれを1撃とか数えかねねぇ)
急な制動に体が固まる。出したままの右足を不自然に止めたその大きな隙を、見逃してくれるはずもなかった。
「なんだ。来ないの?なら……終わりだね!」
左手から繰り出されるトンファーは間違いなく俺の右足から体の中心を狙っていて、回避できないと頭のどこかで覚る。しかしそれを飲み込むわけにはいかなかった。
(あと少し、なんだ。ここで終わるわけには)
「いかねえ!!」
叫び、空中で静止したままの右足をさらに右手側へと振り下ろす。そのスピードに乗せて、左手に掴んだ地面の砂を雲雀の顔めがけて投げつけた。
さすがにこれをかぶったりはしてくれないが、手で払いきれず背後に一歩下がって間合いを取ってくる。
しかしそれで十分―――俺が体勢を立て直して、雲雀の脇に潜り込むまでは!
「これで3分だ!」
雲雀の脇に落ちている俺のバッグを拾って投げつける。それを奴がトンファーで打ち落としたところで、俺の時計のタイマーが鳴った。
荒い息をつきながらも、胸に満ちてくる達成感に全身が弛緩する。そうして雲雀に何か言ってやろうと向きなおった瞬間、下あごに衝撃。
「がっ―――」
堪え切れず、俺は仰向けで地面の上に倒された。痛みに耐えつつなんとか目を開けて見れば、トンファーをつけたままの雲雀の手が、首にひたりと当てられている。
どうやら先ほどの衝撃はこの手が下あごに打ち付けられたせいらしい。頭を強く打ちつけたせいか眩む視界に、雲雀の楽しそうに笑う顔が見えた。
楽しそう、とは言っても狩りの真っ最中といわんばかりの殺気のこもった笑みだったけれど。
「3分避け続けても、僕が攻撃をやめるとは言ってない」
あまりの言葉に絶句した。お前はどこのガキだ、屁理屈こねやがって。そう思ったのが顔に出たらしい。さらに口角をあげて、雲雀は続けた。
「でもまあいいや。聞いてあげる。どんな言い訳をするの」
「……俺、バイトしないと家賃も食費も無いんだよ。だからバイトはやめられない」
言い訳と最初から決めつけられているのは非常に気に食わないが、この状態で何を言っても無駄な気がして、もとから言うつもりだった言葉を口にした。
「おかしなことを言うね。君まだ中学生だろ?親は」
「今はいない。俺一人だから」
間違ったことは言っていない。しかし一人、というのを口に出してみたら予想以上に胸が痛んだ。
「……ふうん。家庭の事情はそれとして、どうして君バイトできるのさ。一応校則には入っているけど、ふつう中学生を雇うファミレスなんて無いよ」
「それは……」
ぐ、と言葉を飲み込む。免許証のことを持ち出せば当然俺の年齢に話がいくだろう。そうなると、中学生などやっていられる歳ではないことが一応風紀委員長なんてポストについている雲雀に知れる。
最悪、退学は免れない。それではわざわざこの賭けを持ち出した意味がない。
「言えねえ。でもバイトを辞めるわけにはいかないんだよ」
もうこうなったら意地だ、なにがなんでも突き通すしかない。下からまっすぐに雲雀の目を見上げた。
しかし雲雀の顔は無表情に戻ったまま動かない。ダメか、とあきらめかけたその時、ゆっくりとトンファーが首からどけられた。驚きつつ、起き上がる。
「ふん、興冷めだな。勝手にすればいい。ただしアルバイトの件は認めた訳じゃないから。続ける条件として、給与明細と使用途を書いたレポートを毎月提出すること」
「はあ!?なんでそんなこと」
「嫌ならバイトを辞めるんだね」
容赦ない一言が放たれて、それきり雲雀は黙ってしまった。ぐぬぬぬ、と思わず拳を握りつつ、自棄になって叫ぶ。
「わかったよ!やりゃあいいんだろやりゃあ!」
くそ、と悪態をつきつつ立ち上がる、時計に目をやってバイトに間に合うか不安になった。もう行かなければ―――と、
「ああああああぁぁ俺のバッグが!ウォークマン!ウォークマンは無事かっ?」
見るも無残な状態で打ち捨てられた俺のバッグに気がついた。まあ投げたのは自分なのだけれども。
いそいで中身を確認したが、やはりというかなんというかウォークマンは先ほどの一撃でだろう真っ二つに割れていた。
両手に破片を持ってぷるぷると震えていた俺の肩に、非情な声が落ちる。
「どうせ違反品だから無傷だったとしても回収するけどね……ご愁傷様。ついでにバイト、間に合うのかい?」
「うるっせえお前のせいだ!どうせならトンファーじゃなく手で払ってくれってんだよ!くそおお」
負け犬のなんとやら、叫びつつ散乱した持ち物をすべて拾って駆け出した。予定通り家に戻ってからバイト先に行くのはギリギリだ。フルで走って間に合うかどうか。
(陸上部で培ったスキルをこんなことに使いたくねえ!!!)
涙目でバイト先に向かったが、無情にも5分過ぎていて給料から引かれる羽目になったのだった。