風惑リアリティ 三話 現実が夢に代わって俺を苦しめる


あのあと、思わず素っ頓狂な悲鳴を上げた俺に杉原さんは爆笑して、そんなにやばいならここの家賃半額でいいよと言ってくれた。
なんとも嬉しい申し出だったが、それでも生活難であることに変わりはない。
幸いにも俺の免許証は無事だったので(誕生日が早いお陰で去年の夏休みに予備校通いつつ取れた)バイトを始めることにした。
多忙な生活を送っていたある日、ついに幕開けの日が来た。



現実が夢に代わって俺を苦しめる



「おい、ツナどこ行くんだよ。これから移動で美術だろ」

昼休みも終わる、それを告げる予鈴が鳴り響く中、ツナがこそこそとげた箱に向かうのを見て声をかける。
当たり前だが美術室は校内、それも俺たちの教室のある1階ではなく3階にある。校外に向かう理由は無いはずだ。しっかりと通学鞄まで持って。
「うわ、

「また帰るのかよ……たく、中坊のうちはしっかり授業受けとけよな」

「いいんだよもう。京子ちゃんだって、彼氏が……いるみたいだし」

「彼氏?」

「剣道部主将と仲良さそうに歩いてるの見ちゃったんだ。はー、学校来るの嫌になりそう」

剣道部主将と、笹川京子ができている?そんな話聞いたことがないが、目の前のツナの落胆ぶりを見るに本当なのだろう。
しかし、本当に、聞いたことがなかっただろうか?剣道部主将とは―――

(リボーンの1話って確か・・・そんな話だったっけか)

そうだ、確か持田とかいう奴の髪を引っこ抜く話、ということは今日が、リボーンの来る日だ。

「ツナ、お前今日帰んない方が……って」

「じゃあね!」

あっという間にツナが姿を消していた。こういうときだけは素早いんだからな、と自分は美術室へ向かおうと踵を返したところで声が響いた。
「ねえ、今の生徒、もしかしてサボり?君、知り合いかな」

顔を確かめる前に、『風紀』と刺しゅうされた腕章が目に入る。

「……いえ、俺は知りませんよ。風紀委員長」

並盛中風紀委員長、雲雀恭弥―――こいつのことはわざわざ漫画での知識を引っ張り出すこともなく、ここにきてからの知識で充分事足りるのではないかという程有名だった。
関わり合いになりたくない人物、群を抜いてナンバーワンだ。
俺の答えに目を細くしてこちらを睨んでくる。しかし、つと表情を元に戻して余裕ありげに言葉を投げかけてきた。

「ふぅん、まあいいけど。現行犯は見つけたら……噛み殺すよ」

「失礼しまーっす」

目の前に立ちはだかるように存在する雲雀の横をすり抜けようと、足を進める。
こんな奴に俺のバイトのことがばれたらと思うとぞっとしない。そんなことを考えていたら、前触れもなく突然風切り音が耳に届いた。

「バイトも、禁止されてるよ」

ひゅ、という音を認識すると同時、俺はただ咄嗟に腰を落とした。頭の上を風が通り抜けたと思った時には、鈍い音とともに壁にトンファーがめり込んでいる。
パラパラと落ちてくる無残な壁の破片を手でよけつつ、立ち上がった。

「そうですね……バイトも、校則違反、ですからね」

ゆっくりと振り返って、なんとか作った無表情を装いつつ、告げる。

「気をつけます。それでは」

気持ち急ぎ足でその場から離れる。背後に感じる刺すような視線から逃れるように廊下の角を2つほど曲がったところで、限界だった。

「こっえええええ!!!」

うずくまり、肺の底から息を吐き出しつつ、叫んだ。生きている心地がしないというのはまさにさっきのことだろうと思った。
トンファーが横薙ぎでなく、振り下ろし、或いは振り上げだったら直撃していたであろう先ほどの一撃。
避けられなかったとしたら自分は壁に開いた無残な跡よろしく散々なことになっていただろう。
バクバクと跳ねる心臓を何とか落ち着けようとして、恐ろしいことに思い当ってしまった。

「俺……バイトばれてる?」

俺が茫然と呟くのと、無情な本鈴が鳴り響くのもまた、同時だった。


「ふあ、あーぁ」

自分の席について、バッグを置いた瞬間大きな欠伸が出た。眠さに目をこすりつつ、昨日のことを思い返す。
(ったくよ、風紀委員長がへんなカマかけてくるからバイト中も気が休まんねぇっつの)

わざわざ顔が出ないようにとホールではなくキッチンで働いているというのに、バイトがばれていたら中まで乗り込んでくるかもしれない。
そんな風に感じていたせいでバイト中ずっと気を張っていなければならず、いつも通りの睡眠時間をとったにもかかわらず疲れが取れないのだ。
教室中がある噂話にいろめきたっているのも構わず寝てしまいたくなったが、なんとか意識を保つ。
というのも、その噂話の当人が、未だ現れないツナだからだ。
まさに学校中に広まってしまっている噂話というのは俺が知るリボーン1話と同じ、パンツ一丁で笹川京子に告白したというもの。
ああ、本当にリボーンの物語が始まったんだなあなんてすこし感慨深く思っていると、

「パンツ男のお出ましだー!!」

クラスでも調子のいいことで有名な男子が、大声をあげた。
その声に教室の入り口に目をやると、やってきたばかりのツナが教室に入ることなく連行されるのが見えた。
話を聞く暇すらなく俺の視界から消えたツナにご愁傷様、と手を合わせて、よいこらせと席を立った。
あっというまに誰もいなくなってしまった教室で、ひとりごちる。

「それじゃあ、死ぬ気のツナでも拝みに行きますかね」

ぺたぺたと廊下を歩いていると、廊下に響く声がある。

「なんでお前こんなとこにいるんだ?!」

(あれ?ツナの声、だよなこれ。あいつなにやってんだ)

もう今は体育館に居るんじゃないのか、と声が聞こえてきた男子トイレを覗き込む。そこには天井から逆さに吊られたツナと、スーツを着て銃を構える赤ん坊の姿があった。

「死ね」

その赤ん坊を、記憶の中のそいつと照合させる前に銃弾がツナの額へと飛び込んだ。ショッキングな光景に息をのむが、見る間に一度死んだのであろうツナが再び起き上がる。
もちろん、パンツ一丁で。

「リ・ボーン!何が何でも一本取る!!」

額に炎を生やして叫び、こちらに向かって―――正しくはここから出て体育館へと―――走り出すツナを慌てて避ける。

(うお、生で見れたぜ。あれが死ぬ気弾の効果かあ)

どうせなら対骸戦みたいに、あいつに勝ちたい、とか後悔してれば対戦相手も髪の毛ぬかれたりしないのになどと考えつつツナの後姿を見送っていた。

「おい、お前ツナの友達か?」

やたら低い位置からかけられた声にギクリとした。そうだ、まだこいつはここに残ってるではないか。
先ほど記憶と照合してヒットした、最強の赤ん坊アルコバレーノの一人。黄色いおしゃぶりのリボーンが。

「ち、ちゃおっす。多分、友達であってると思う」

「多分、ね。……お前、なんで俺にちゃおっすって挨拶したんだ」

「え」

うっかりしていた。そう言えば今こいつから挨拶はされていないしわざわざ返す必要もなかったのに、頭の中でリボーンはちゃおっすってあいさつすると決め込んでいたからついやってしまった。
心なしか小さな赤ん坊の眼が鋭くなったような気がして背筋が冷えた。うまく回らない舌をなんとか動かす。

「な、なんとなくだよなんとなく!それじゃな、気をつけて帰れよっ」

じゃ、と手を振ってトイレから立ち去る。ツナの後を追いかけるように体育館へ向かいつつ、冷や汗をぬぐった。

(下手なことできねえ!あいつホントに赤ん坊かよ)

風紀委員長に目を付けられるのも、リボーンに目を付けられるのもどちらも御免被りたい。そう内心で叫びながら向かった剣道場で、しかし俺は教室へと逃げ帰ることになる。

「なんで人があんなに群れてる所に風紀委員長様がいるんだよ!?」

結局ツナの勇姿を拝むことはできなかった。剣道場の扉をくぐりぬけたと思ったら、その扉の脇に雲雀が立っていたのだ。俺は1も2もなく逃げ出した。

(俺昨日も今日もついてねぇ……)

こうして、本当にここの物語は始まったというのを実感しても全く嬉しくない。はあ、と吐いたため息はなんとも重かった。

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