風惑リアリティ 三十五話 人を呪わば穴二つ
「うあ、ぁ、あああああああ!!!!!」
響いた悲鳴を聞いた者は二名。
一人はびくりと肩を揺らして、それからすぐ悲鳴の主が誰かを知って駆けだした。
そしてもう一人は、喉を鳴らして笑う。それから酷薄な笑みを浮かべて歩きだした。
(この悲鳴……?!なにがあったんだ)
(クフフ、これはこれは。面白いことになってきました)
同じ人物に対して全く逆の思いを感じていた二人の少年は、先ほど顔を合わせたばかりである。
人を呪わば穴二つ
「!っそれにフゥ太!?」
息を切らしてその場に現れた綱吉は、いつもは気丈な友人が地にへたり込み俯いているのに目を開きつつ、すぐそばにいた家族同然の子供の姿にも驚いていた。
「……!」
綱吉の姿を視認した直後、フゥ太は表情を変えた。
生気のないそれではなく、先ほど綱吉たちに見せた普段の子供らしい瞳の色と、何かに脅えるような表情へと。
「つ、ツナ兄……僕、僕……またっ……!」
とぎれとぎれに言葉を紡いで、しかし地に落ちた拳銃を見て顔を引きつらせる。
状況が理解できず立ちつくすツナと、自分の足もとにくずおれているの姿を交互に見て、泣きそうに顔を歪めて走り去った。
「フゥ太!?待てよ!」
「ごめんなさい!ごめんなさいツナ兄!兄!ごめんなさい兄っ」
悲痛な涙声で謝罪を返し、林の向こうへと姿を消す。慌てて2人を見比べたが、今度は綱吉はその場に留まり子供の影を見送るしかなかった。
「……?」
虚ろな表情で視線を落とし、自分の存在に気付いていないような彼へとしゃがみこんで声をかける。
小さく、肩が揺れた。
「あれがですか。どうやら……面白いところで繋がってくれたようですね。フゥ太君」
足がもつれそうなほど必死に走り林から飛び出してきた少年は、荒い息をつきながら涙で濡れた頬を赤くしてその場に座り込んだ。
「もう、嫌だ、僕、……兄に、ひどいこと……っ」
「あれが君の本心なのでは?」
ただ涙を流す無力な子供に追い打ちをかけるように言葉を続ける黒曜生―――六道骸は楽しそうに口元を歪めた。
「君も思っていたのでしょう?だから僕は君の手伝いをと―――」
「違うっ!僕はあんなひどいこと言いたかったんじゃない!それなのに!……なのに」
骸の言葉を遮るように強い声を張り上げたフゥ太は、しかしすぐに嗚咽交じりの弱い声音へと戻ってしまう。
泣きやむ気配のないフゥ太に骸はやれやれと肩を落とし、下を向いたフゥ太の顔を無理やり持ち上げて瞳を覗きこんだ。
「アジトに帰りますよ。着いてきなさい」
「……はい」
骸の目が妖しく閃いた瞬間、流した涙はそのままにフゥ太の表情が消える。命令のままに立ち上がり、歩を進める骸の後ろを歩み始めた。
フゥ太が己の後ろに着いてくるのを目で確認して、骸は満足げに息を吐いた。
「まさかあのときの店員が本人だとは……手間が省けてとても良いですね」
幻術を使ってボンゴレ10代目を引き離した甲斐がありましたよ、と笑うその声にフゥ太への労わりは微塵も感じられない。
ぐるぐると、フゥ太の言葉と、自分自身記憶の奥底に沈めていたディーノの言葉が頭の中を回っていた。
『お前はあいつにとって良くない存在なら……俺はお前に、そばに居てほしくない』
真剣な表情でそう言ったディーノに、俺はきっぱりと、はっきりとこう言った。
『俺はあいつの友達だ。あいつを害するつもりも、そうなるような行動をとる気もない』
そう、言った。
言ったのだ。
(あの時は言えた、本当にそう思ってた、だから)
『ツナ兄にとっても、兄がいないほうがいい』
ぐ、と息が詰まって呼吸ができなくなる。
言われたことは結局同じだ。変わったのは、自分の立場だけ。
フゥ太が拒絶した俺の不安定で未知な存在そのものが、ツナを害するのか。
ツナにとって良くない存在、それがイコールで俺につながってしまえば。
気にしない、という選択肢はすでに消えた。
だって俺にそのつもりがなくても、ツナのそばにいるだけで―――
「……?」
「!ぁ……」
声をかけられて、顔を覗きこまれる。そこで初めて俺はツナの顔が直視できないことに気づいた。
せっかく座り込んでまで俺に合わせてくれているというのに、視線は彷徨うばかりだ。
「何が、あったの?」
「……」
口を開いて、閉じた。
何と言っていいかわからない。
フゥ太のことを、話していいものか。
「……あの、な、フゥ太、に。追いつけたん」
「―――の声が聞こえて。それで、俺来たんだ」
だけど、と続けようとしたのを先ほどより少し強い声で掻き消される。フゥ太を引き止められなくてごめん、という言葉は口に乗せられることもなくなってしまった。
「、お願いだから。何があったのか教えてよ」
ツナは今、俺のことを聞いてくれているのだと認識して目の前の景色が歪んだ。
話してしまいたい。頑なにこれまで拒んできたけれど、この痛みから逃げるように話してしまいたい。
(俺のことを、全部、ツナに)
駄目だ。
話しても、楽になるのは今だけだ。同情を買って何になる。ツナを困らせて、そんなことをしたって結局俺は嬉しくもなんともない。
そもそも、どうしてこれまで話してこなかったか、その理由は。
(普通の友達でいたかったから、だろ)
「何も、なかった」
顔を上げて、口端に精一杯の力を込めて持ち上げながら、言う。けれど目は開けられない。閉じたままだ。
目は口ほどに物を言う。今瞼を開けたら、堪えた水が見えてしまうから。
目を閉じたまま、声が揺れないでいてくれることを願いながら続ける。
「悪いけど、先に行ってくれ。後から、行くから」
せめて、ツナがここからいなくなってくれるまで目は開けられない。