風惑リアリティ 三十五話小話 出会いを必然と思えたら
「悪いけど、先に行ってくれ。後から、行くから」
そう言ったの目は閉じられていて、いつも真っ直ぐな瞳が見えない。
いつも飄々としていて、ともすれば冷たいとも取られてしまう位さっぱりとした性格のが、実は優しくて頼りになる友達が、目を合わせてくれない。
真っすぐで嘘を感じさせない眼が見えないことに焦燥感が募るのに、それでいてその言葉には聞き覚えがある。
『悪い。ちょっと疲れたから少ししたら行くわ』
お祭りの日、からまれたひったくりグループを退けたあと座り込んでしまったときと同じ言葉だ。
あの時は確かに、花火が終わりかけたときになってだったけれどちゃんと姿を見せてくれた。
けれど、今回は―――
(、本当に……来て、くれるの?)
出会いを必然と思えたら
小学生のころから「ダメツナ」というあだ名がついていた。
なにをやっても上手くできない。他人の足を引っ張る俺に、誰が最初に言いだしたのかは覚えてないけれど、あっという間に広まって。
下の名前が綱吉だってことを知らない人も、「ダメツナ」のあだ名だけは知っていた。
はじめはもちろん嫌だったけれど、段々慣れた。本人が気にしなければ、周りだって囃したてるのをやめる。
そうしてあだ名に慣れてしまって、中学に入るころはもう麻痺していたのだと思う。
きっと新しいクラスでも、同じ小学校から来た人がいればすぐに俺のあだ名を呼ぶし、学年中に広まるのだって一瞬だ。
そんな風に思っていた入学式当日。
教室で名前を呼ばれた瞬間からポカをした。席を立とうとした瞬間にもつれた足が座っていた椅子を倒して、転んだ俺に周囲からの好奇の目が集中する。
そして「ほら、ダメツナがまたやってるぜ」「え、ダメツナってよばれてるの?あの子」という声が聞こえて、内心には諦めが漂った。
放課後にはあっという間にパシリ役をさせられて、押し付けられた大量のプリントを抱えて無様に転んだ。その時だ。
壁に強く打ち付けた頭の上から、声が降ってきた。
『お前、自己紹介の時にすっ転んでた・・・』
痛みに潤んだ目で見上げたそこにいたのが、だった。
『大丈夫かよ?ったく』
『あ、ありがとう。いたた……』
自己紹介のときに初めて見た顔だったから自信はなかったけれど、登校初日だというのにやたら気だるげな雰囲気が印象に残っていてなんとか名前を覚えていた。
笑い交じりに顔の擦り傷を心配してくれて、散らばったプリントを俺の代わりに集めてくれた。押し付けられた仕事も手伝ってくれて、いい人なんだなと思った矢先にの口から飛び出した言葉。
『お前もしかしてダメツナってのが昔っからのあだ名だったりしない?』
確認するようなそれに、ああまただと思って悲しくなったけれど、認めればなにやら一人納得したような声を出して。
『でいい。俺もツナって呼ばせてもらう』
嬉しかった。
はその後俺のことをダメツナと呼んだことはない。思っているかどうかはわからないけれど、その呼称を口に出すことはなかった。
初めて対等な友達ができた気がして嬉しくて、少し年上に思えるような彼と学校では殆ど一緒にいた。
そこまで長くはない期間の中でリボーンが家に来て、友達が増えて皆と過ごす慌ただしい日々。いつも話を聞いてもらっていた。
そうして一緒にいた一年半、そっけない態度を取るくせに優しい彼が、涙を見せたことは一度もない。
泣きそうになっているのは見たことがある。必死で堪えているんだとわかったから茶化したりはしなかったけれど、その程度だった。
考えてみれば、泣かないのではなく自分に涙を見せないだけではないだろうか。
思い当って、目の前の彼が瞼を下げたまま口元だけで笑っているのと結びつく。もしかしたら今も、自分がここを去ったら独りで泣くんじゃないかと。
頼りがいのある友達は、いつでも自分を支えてくれた。
(でも俺は、やっぱり頼りにならない……のかな)
はあまり自分のことを話さない。
こんなときくらい弱みを見せてくれたって、そう思うのは悪いことなのかを自分に問うて頭を振った。
(さっきの悲鳴だって、初めて聞くような声だった。俺だっての力になりたいよ)
支えてくれている彼を、今度は自分が支えてあげたい。
自分の中で結論を出して、右手を固く握りしめる。
一人でどこかに行ってしまいそうなほど危うく見える彼に声を届けるために、大きく息を吸った。
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