風惑リアリティ 三十四話 高速旋回、許されるならバックホーム!


フゥ太とが対峙していた丁度その時、二人がいる場所から少し離れたところで一人綱吉は彷徨っていた。
「おかしいなぁ……どうして2人ともいないんだろ」
フゥ太を追ってきたはずだったのだが、すぐに姿が見えなくなり、その後は足音さえ聞こえなくなってしまった。
自分の後をが追って来てくれたのを「待ってろ!」という彼の叫び声から知っていたし、彼の足ならすぐに自分に追いついてフゥ太も見つけてくれると思っていた。
(あーどうしよう……フゥ太を見失っただけならまだしもまでどこ行っちゃったんだよー!)
一人見知らぬ林の中を歩き回るうちに、不安ばかりが募る。そんな綱吉の背後で、何者かが草と枯れ枝を踏む音がした。
天の助け、とばかりに振り向いた綱吉の頭には、今この場に来るであろう人物の目星が2人しかついていなかった。
当然、友人か身内のどちらかだろうと、そう思って笑みを浮かべた綱吉は、はたしてその表情のまま固まることになった。
「あ、あなたは……助けに来てくれたんですね?!」
「へ!?」
黒曜中の制服を着た初めて顔を合わせるであろう少年の口から飛び出した一言に、素っ頓狂な声をあげた綱吉は同時に何か嫌な予感を覚えていた。
そう、自分自身のこの状況と―――彼が今すぐ縋りつきたい友人の姿が見えないことに。



高速旋回、許されるならバックホーム!



握られてはいるがまだ構えられてはいない拳銃から目は離さずに、なんとかこの場から離脱する方法を考えていた。
相手はフゥ太だ、全速力で走れば振り切れるだろう、と真っ先に考えてすぐにそれを打ち消した。
常のフゥ太ならまだしも、今の彼はどうにも様子がおかしい。あれだけの距離―――たとえここで叫んだとしてもリボーン達に声が届くかはわからないほどの距離を走ってきたはずなのに息一つ乱れていない。
となればそもそも逃げるのは現実的ではないということだ。
「フゥ太、お前そんなもん握ってどうしたんだよ?危ないだろ」
なるべく穏便に、その手に握られた冷たい殺意を放させようと試みる。しかしフゥ太は相変わらず生気のない笑みを浮かべるばかりでこちらの声が届いているかすらわからない。
「僕ねえ……ずぅっと兄のこと怖かったんだぁ……だってそうでしょ?どうしてランキングできないのかな」
「!」
フゥ太へと伸ばしかけていた手が不自然に止まる。
なるべく気にしないようにと、そう努めていたことをダイレクトに思い出させられる。

兄、って、何者?』

あの時、俺を畏怖の眼差しで見上げて問いかけてきた声が再生された。
俺の話を聞いて面白そうだと笑ったリボーンとは違う。持っていた能力で知ってしまった、自分とは違うものだとそう感じた上での恐怖を込めた声だった。
「そしたら骸さんが言うんだ。そういう人はいなくなっちゃえば怖くなくなるって」
「骸……六道骸か?あいつに話したのか」
混乱する頭の中で、警鐘が鳴る。ひどくおかしなことになっている気がしてきた。そもそもフゥ太にはこちらの声が届いていないように見える。
その様子と、骸を結んで浮かび上がるものが一つ。
(憑依……じゃないな、あいつマインドコントロールなんて卑怯技持ってたような)
そもそも憑依している骸なら、いきなりリボーンの前に姿を現すような正攻法には出ないだろう。ならばここにいるのはまぎれもないフゥ太本人で、操られていると見た方がよさそうだった。
しかし自分に何ができるのだろう。フゥ太を説得することもできないなら。
(気絶させて連れてく、ってか?ちょっと荷が重いって)
寄りかかっていた木から背中を浮かせてマフラーを風にたなびかせたフゥ太の動作に、緩んでいた全身に力を込める。
案の定銃を手放すなんてことはなく、無情にもその銃口は俺に向けられた。
「だから、さよなら」
「……フゥ太……!!」
歯ぎしりをして、痛いほど力を込めていた両手の握りこぶしを開く。
そのまま腰に流して、短剣を弾いた。軽く浮いた柄を掴んで、体の前へ。俺が構えたのを見てか、フゥ太が薄く笑った。


「あああ、あのっ俺は友達とここに来てて……はぐれちゃったけど」
あたふたと自分の現状を説明する綱吉は、変わった髪形の黒曜生がまるで観察するような目つきで自分を見ていることに気付かない。
綱吉の落ち着きのない様子に小さく笑い、黒曜生が相槌を打つ。
「さぞかし強い方々なんでしょうね」
「いやそんなっ。あ、すごく強い赤ん坊はいるんですけど」
「赤ん坊?!」
ぽろりと綱吉の口から飛び出した言葉に興味を示す。
しかしさすがにリボーンのことを見ず知らずの人に話すのは得策ではないと判断したようで、綱吉は慌てて話題を変えようと頭をフル回転させた。
「いや、それよりも!君はどこに捕まって……」
「そんなことより」
声音が変わる。友好的としか取れなかったついさっきまでとは違い、圧力を感じるほどの強くて低い声だ。
「その赤ん坊はどんな武器を持っているんですか」
「え、あの……っ」
綱吉が覚えた嫌な予感は、ここで最高値を振り切った。風で揺られた黒曜生の前髪が今まで隠していた彼の右目が、漂う不穏な雰囲気の禍々しさを増幅させる。
「またあとで仲間と一緒に来ます!それじゃっ」
危ないことからはなるべく遠ざかりたいという綱吉の防衛本能が、素早く足を動かせた。黒曜生にくるりと背を向け走りだす。
その速さはまさに脱兎のそれで、残された一人は負うことなくその背を見ていた。
「クフフ、あれがボンゴレ10代目……脆弱な」
先ほど綱吉相手に浮かべた笑みとは違う、内に秘めた狂気が滲み出るような静かで暗い笑みとともに呟く。
腕を組み、しばらくその場で何かを考えているようだったが、ある瞬間踵を返し歩き出す―――綱吉が走り去ったのとは逆の方向へ。
「あとはフゥ太くんの首尾を確認しなければ、ね」

ただただ、2人きりの空間から離れたくて駆けだした綱吉だが、体力の関係ですぐに足を動かすスピードは歩みのそれへと変わった。
ぜいぜいと上がる息を整えながら、あったばかりの人物のことを考える。
(よく見えなかったけど、なんか色が……)
垣間見えた赤色を思い出すと、なぜか肌が総毛立った。ただ両目の色が違う、オッドアイだったからというわけではない。
しかし彼の右目はなぜか心の奥底に恐怖を生んだ。微かに文字のようなものが見えた気もしたが、定かではない。
「ああもう、よくわかんないけどあの人怖かった!早く皆のところに戻りたいよ……」
草をかき分けながら、必死に草に阻まれながらも獣道を辿る―――しかし。
「こっちで……合ってるの?」
急に血の気が引いた。どうにも自分が見た覚えのない道だったからだ。


ダァン、と響いた銃声に、2発目、と頭の中のカウントを増やす。着弾したのは右足のすぐ横30pほどの地面だ。
数えているのはフゥ太が放つ弾だが、そもそもどれだけの銃弾があの小銃に込められるのかはっきりしていないのだから、どうにも無駄な作業のように思えてくる。
(それでもまさか2ケタはいかねーだろ)
馬鹿みたいに弾数があったりしたらどうしようと不安にもなるが、必死でアニメのキャラクターを思い出しながらそれを振り払おうとする。
(次元だってルパンだって結構弾入れ替えたりしてるよな?!いやいっそ五右衛門がいてくれれば……ああもう意味ねえ!)
ヒーローの持つそれとして描かれている銃と比べても仕様のないことだとは分かっているが、なんとかして自分を奮い立たせなければ挫けそうだった。
リボーンに一度学生服のシャツを掠めて撃たれたことを思い出せば、もちろんフゥ太の放つ銃弾も自分に当たることくらいわかる。そもそもそれが当たり前だ。
「どうして逃げるの?」
木の影に隠れたままの自分にはフゥ太の表情は見えない。見えたとしても、どんな顔をしてそんな恐ろしいことを言っているのか知りたくなかった。
構えた銃の引き金を引こうとしたフゥ太に瞠目し、咄嗟の判断で背後の木の裏に回ったまでは良かったが、ここではフゥ太の位置がわからない。かといって顔を出せばそこでお陀仏かもしれないと思うと、ぞっとしなかった。
「……怖いんだよ。兄。一度だってそんなことなかった。どうしてできないのかわからないんだ。いったい兄は何なの?」
ぼそぼそ、と抑揚なくしかし淀みなく紡がれた言葉が、いっそ銃弾に等しい冷たさを持って身を貫くような思いがした。
「お願いだから、いなくなってよ。きっとそのほうが」
聞きたくない、その一心で背にした木の陰から飛び出す。
お願いだからその先なんて言わないでくれ。
かなりこちらに近づいていたフゥ太に戦慄を覚えつつ、踏み出した右足に力を込めて思い切り前へ跳んだ。
走れば左足がついていたであろう地面に3発目が撃ち込まれた。偶然だと思いたい程の正確すぎる射撃に冷や汗をかきながら、そのままの勢いで前転する。
連射式でないことを祈りながら、起き上がったところで体を捻りフゥ太へと向きなおる。
「フゥ太!やめてくれ!!」
「ツナ兄にとっても」
叫ぶ俺を無視して続けられるその言葉をどうしても止めたくて、ただ必死にフゥ太へと近づく。
根性無しの俺が、本当はただ幼く可愛い子供であるフゥ太に攻撃なんてそもそもできない。だから狙うのはただその黒い銃身ひとつ。
浅く息を吸って、銃口がこちらを捉える前に強く踏み出した左足を軸に体を回転。
遠心力を殺すことなく、逆手に握った右手の短剣で薙ぐ―――のではなく、フゥ太にとって死角になるように構えていた左手の短剣を下から上へと振り上げる。
手に握られた銃だけを弾くことに神経すべてを集中させた。
させていた、つもりだった。

「            」

きぃん、と硬質な音を立てて空高く弾かれた銃が今度は乾いた音とともに草むらに落ちる。
左手を高く上げたまま吐く自分の荒い息だけが、その場に響く。
けれどスローモーションのように頭の中で再生されるのは、短剣が銃を弾く瞬間のフゥ太の口元。
見えてしまった。視界から排除しようとしていたその口元が。
「う、」
紡いだ言葉が―――

兄がいないほうがいい』

「うあ、ぁ、あああああああ!!!!!」
深く、胸を抉る。



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