風惑リアリティ 三十二話 落下注意!仄暗い地の底から


『ちなみにこの任務が果たされなかった場合には裏切りとみなし、ぶっころ……』
『わー、わーっ』
ツナに、ボンゴレ本部から届いた指令書の内容を話したときのことだ。
9代目が直接記したその文章は、ツナの目には触れさせていない。それはもちろん自分が付け加えた不要のひとことの筆跡のためでもあったけれど、それよりも隠さなければいけないことがあった。
カサ、と乾いた音を立てながら、折りたたんだ指令書を開く。
リボーンの手にはやや大きめのその紙に、追伸という形で書かれたものの内容に再度目を通して、赤ん坊は人知れず溜息をついた。
が例の短剣を持てた原因解明の調査……」
気取られぬように当の本人であるの後姿を見て、それから紙を折りたたんでスーツの内ポケットへとしまう。
「あんま気乗りはしねーが、仕方ねーな」



落下注意!仄暗い地の底から



「ここが黒曜ヘルシーランドか……」
車から降り立ち、目的の場所―――黒曜ヘルシーランドを見据える。
かなり広い敷地のようで入口からは中の様子があまりわからないが、見えるところだけでも建物にはツタが絡みつき、鬱蒼と生い茂る草の丈も長い。
車の中でリボーンに聞いた通り、運営されなくなってからそれなりの月日が経過しているのがわかった。
「それにしてもがどうして車運転できるの……?」
車中で終始シートベルトを握りしめていたツナの顔色はまだ優れない。酔ったというわけではないようだが、車に乗っている間中気が気でなかったようだ。
そんなツナを見やって苦笑しながら、しっかり免許は持っているとは言わずに来たことを少し後悔した。
(まあ免許持ってるつったらそれはそれで混乱するか)
バスで行くよりも早いだろうということで山本の家から車を借りてきたのだ。いざ乗り込むその瞬間までてっきりビアンキが運転すると思っていたらしいツナは、運転席に乗り込んだ俺の姿を見て仰天していた。
山本自身はよく理解していない様子でまあ大丈夫なんじゃね?と頬を掻いていたが、そのおおらかさに改めて感謝した。
ちなみに獄寺は車中も今も俺に文句を言いながらツナの体調を心配しきりだった。自分が大怪我をしているくせに、そこだけは譲れないのが獄寺らしいと思う。
そんな獄寺をかわして、ツナにひとこと告げる。
「あとで……説明するよ」
「……うん」
ツナが口を尖らせながらもとりあえず頷いてくれたことに安堵しつつ、ビアンキがポイズンクッキングで溶解させた入口の鉄柵を押しあける。
そう、今はただ、この先へ進むことを考えなければ。

ここに来たことがあるというツナを先頭にして歩いていると、突然リボーンが歩みを止めた。その様子に一番近くにいたビアンキが気付き、声をかける。
「どうしたの」
「血の臭いと……殺気だな」
淡々とした言葉に、緊張が高まる。視界の端に移った木の根元に横たわる獣の哀れな姿がリボーンの言葉を裏付けた。
ならばその殺気というのは、やはり敵のものなのだろう。
頭の隅に眠る記憶をひっくり返した昨夜に思い出したものをつなぎ合わせれば、確か最初に遭遇するのは。
「っ山本気をつけろ!」
「俺?……ッ」
俺が声をかけた瞬間不思議そうな顔をしたが、すぐに山本は気付いたようである方向へと目を走らせた。
俺にはわからなかったが、リボーン同様殺気を肌で感じ取ったらしい。その方向へと顔を向けようとした刹那、何かが草陰から飛び出した。
「ひゃっほーい!」
「なっ!!」
人のものとは思えない跳躍力で高く飛び上がったその影は、その素早さのまま山本に飛びかかった。
「山本!」
「一名様、ごあんなーい」
ガシャア、と酷く耳障りな音を立てて、山本が押し倒された地面が突然崩れた。
あっけにとられたような山本の表情は一瞬見えただけでその姿が下へと消える。さらに、未だ人か獣か判別の付かないほどの速さで動く影がその後を追った。
慌てて駆け寄ると、山本が姿を消した地面の際にちかちかと光が反射しているのに気がつく。そこで、到底土が立てるとは思えなかった音の原因を知った。
「動植物園は地下に埋まっていたらしいな」
「そんなこと言ってる場合じゃ……山本、大丈夫!?」
一人納得しているリボーンにツナが突っ込みを入れつつ、覗きこむ穴から差し込む光で姿が確認できた山本へと声をかける。
見える姿の大きさからしてかなり深いのだが、どうやら下は土だったのか酷い怪我はないらしく山本は手を振り返してきた。
「山本、お前を襲ったやつがそこにいる!」
「へらへらしてんな野球バカ!」
ほっとしたらしいツナの代わりに、俺と獄寺の激が飛ぶ。そう、落下しても平気だったとはいえ、そこに突き落した犯人が今もそばにいるのだ。
そうして山本がようやく辺りを見回すのに合わせたように、影の中から解けるように人影が現れた。金髪に、柿本と同じ濃緑の制服。
「俺の獲物がわざわざ来てくれるなんてねー。へへ、超ラッキー」
予想がついていたその姿に、小さく名前を呟く。城島犬、柿本と同じように骸の部下で、確か―――
(動物の能力を自由に使えるんだったか?)
相手が殺気の発信元だと気づいたのか、山本が体勢を整え、相手の一挙一動をうかがっている。こちらからその表情は見えないが、おそらく野球の試合中のように厳しい顔をしているのだろう。
そんな山本に歯を見せて笑った男は、新たにガラスを割らないように注意しながら下を覗きこむ俺たちを見上げて舌を出した。その様子はまるで餓えた獣のような獰猛さを感じさせて、本能的な恐怖を生む。
「上の人たちは待っててねー。……順番に相手するから」


「犬はうまくやっていますかね……先走りすぎなければいいのですが」
足蹴にした男に語りかけるでもなくひとり呟いた骸のいる暗い部屋の隅で、パタ、と何かが空気をはらんで倒れた音がする。
「ボンゴレ10代目が来たようですから、丁重におもてなししなくては……ねえ、フゥ太君?」
「!」
落としてしまった大切なランキングブックを拾い上げた子供へと、酷く冷たいまなざしをやってから足もとに伏す男―――雲雀を蹴って転がし、仰向けにさせる。
「彼をどこかに運んでからですが……君も会いに行きますか?」
「ツナ、兄たちの……ところ、に」
憔悴しきった様子で視線を骸に向けて逡巡する素振りを見せながらも小さくフゥ太が頷いたのを見て、骸が目を細める。
「君なら会えばわかるでしょう?君のランキングブックの真っ白なページ……欄外に書かれていた人物があの中にいるか」
頷いた格好のまま俯いているフゥ太の肩が大きく震えた。
「君にとっての『欄外』、そんな場所に値する人物なんて僕も興味がありますからね」
先ほどボンゴレ10代目、と口にしたときと同様に顔を歪ませて笑うその口元から、ある一人の名が滑り出た。

静かな空気に浮かんだその名は、床に倒れたままの雲雀が先ほど聞いたそれと同じものだった。
しかし気を失っているらしい雲雀の耳へと届くことはなくただふわりと地に落ちて、フゥ太へと近づく骸の足音に溶けて消えていく。



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