風惑リアリティ 三十一話 出発、せめて高らかに声をあげて
「……獄寺の容体は?」
並中の保健室前の廊下に座り込んだ俺とちょうど目線が同じくらいの赤ん坊は、しかし帽子で目元を隠したまま答えた。
「良くはねえな。まあシャマルに任せとけばなんとかなるだろ」
「そか」
膝を抱えるように交差させた腕に力が籠る。
体が震えたのは床から伝わる冷たさのせいではなく、あの時もしも山本が来るのが遅れていたら、と考えた恐ろしさからだった。
出発、せめて高らかに声をあげて
「―――獄寺くん!!!」
爆風に掻き消されないほどの大きな声で、ツナが獄寺を呼んだ。
俺はと言えば予想できなかった衝撃に肩を押されるまま倒れこんで、無様に全身を擦りつけていた。
受け身も取れなかったから起き上がるまでにもどかしいほどの時間が掛かって、ようやく顔だけをツナの方に向ける。
「……っごく、でら」
倒れている獄寺の左肩から左胸にかけてできた赤い染み、良く見れば小さくて細い針が何本も刺さっている。
後ろにいたはずの獄寺になぜ俺が押されたのか、その光景を見て理解する。
つまり―――獄寺が放つボムの攻撃軌道上には、俺が邪魔だったのだ。
柿本と2人をつなぐ直線状に俺がいれば、一発目から後ろの2人が攻撃されることはない、俺はそう考えていた。
しかし、それは同時に獄寺にも言えることだった。柿本も獄寺も、ともに中距離攻撃型だ。それを失念していた。
獄寺が柿本を攻撃するには俺が退かなければいけない、だから獄寺はそれを実践した。
結局俺という障害物がいなくなったことで獄寺は柿本と一騎打ちの状態になり、そして―――相打ち、になったのだろう。
互いの攻撃は相手にヒットし、獄寺の場合は俺に体当たりした側であろう左肩を中心にヨーヨーから射出された針を受けた。
もつれる足を叱咤して獄寺に駆け寄る。意識があるのかを確かめようとしたが、確か針に毒が塗ってあることを思い出して手を止めた。
「逃げ、て、ください、10代目。あいつ……まだ」
うっすらと目を開けて口を動かす獄寺の様子に、ツナの顔が一層青褪めた。
獄寺が必死に伝えようとする内容もだが、何よりその声にいつもの覇気がないことに、背筋が泡立つ。
「、ど、どうしよう、獄寺君が!」
まさかツナがこんな状態の獄寺を置いていけるはずがない。
そしてなにより、獄寺の傷の処置を早くしないとまずいというのは素人目に見てもあきらかだった。獄寺を助け起こそうと、近寄った瞬間、ツナがさらに小さな悲鳴を上げた。
「ボンゴレ10代目……壊してから、連れていく」
さらに背後から響いてきた声に振り向くと、獄寺よりも大怪我をしているようにしか見えない柿本が体勢を崩しながら立っていた。
しかしヨーヨーを握る手に一切のブレはない。与えられている任務に対して盲目的にそれをこなそうとする様子はまるで機械のようだった。
この戦闘のせいであちこちに散らばっているガラスの破片や折れ曲がって落ちた看板をまるで無いもののようにして、俺たちだけを見据えて近づいてくる。
本能的な恐怖の中でも手が動く、せめてツナだけでも守ろうと、先ほど手にした短剣を握りなおしたその時、目の前に影が割り込んだ。
「山本!」
「へへっ、助っ人とーじょーってな」
リボーンに用意されたのだろう変形刀を手にして飛び込んできた山本は、見事にヨーヨーの一つを切り捨てていた。
山本によって狙いが外されたことを知ってもうひとつ飛び出してきたヨーヨーに向かって、持っていた短剣の一つを投げる。
運よくヨーヨーに命中したそれは、山本のように完全に破壊することはできなかったが、しかしワイヤーを切ってヨーヨーとしての性能を失わせた。
手持ちの武器がなくなったのか、ようやく山本を認識した柿本がつぶやいた。
「お前は犬の獲物……めんどい」
それまでのしつこさが嘘のように踵を返した柿本の後姿に一瞬呆気に取られ、それから慌てて山本に振り返る。
「山本、どうしてここに」
「ん?学校早く終わったんだ。なんか事件がどーたらって……そしたらツナとの姿が見えてな」
獄寺に視線を落として、バットに戻った変形刀を背中に差した山本が獄寺を抱えあげる。笑顔を一変させ、厳しい表情で俺とツナを見て言った。
「やばそーな雰囲気だったからな。急ごうぜ!学校でいいのか?」
「ああ、シャマルに診せないと!」
落ちていた獄寺の鞄を拾い上げ、呆然と立ち尽くしているツナの手を引く。そこでようやく、ツナが俺の目を見て、聞いた。
「ねえ、、獄寺君さ、俺のせいで」
ねらわれたんだよ、ね。
あまりに、酷い顔だった。最後の言葉は音になっていなかったが、否定してやることができなくて、でも勇気づけることができなくて、ただ。
「お前が悪いわけじゃない」
と、そう言ってやるのが、精一杯だった。
今ツナは山本と一緒に保健室にいる。ビアンキも一緒だが、聞こえてくる声から察するに、少し元気を取り戻したらしい。
まだ横に立っているリボーンに、確認するように聞いてみる。
「なあこれから向かうんだよな」
「……黒曜ヘルシーランドか?」
やはりリボーンは六道たちがいるところを突きとめていたらしい。
「俺も連れてってくれ」
「……」
柿本が獄寺を狙いに来たことを考えると、やはり雲雀は失敗したのだろう。考えたくはないが、どう楽観的に考えてもそうとしか受け取れない。
もともと行くつもりだったが、連れて行ってもらえれば迷うこともないだろう。
「いいだろう。ついてこい」
「……なんだ、結構あっさりだな」
断られると思っていたため、反応が遅れた。病院での態度を見る限り、もっと渋られると思っていたからだ。
「指令書のこともあるからな」
「指令書……?」
なんのことかと問い詰めるよりも先に、保健室のドアが開いた。顔を覗かせたツナに頷いてみせて、立ち上がる。
リボーンを追求するより先に獄寺の様子を確認したかったからなのだけれど、リボーンが最後までこちらを見なかったのが少し引っかかっていた。
「ねえ、本当にも行くの?」
「嫌か?」
おずおずと尋ねられた言葉に苦笑して返すと、ツナは慌てたように首を左右に振った。
「嫌じゃないって!!……嫌じゃないけどさ」
ツナの家の玄関で、すでに他のメンバー、獄寺・山本・ビアンキ・リボーンは外に出ている。
俺とツナが最後に残っていて、まさに玄関の敷居をまたごうとした瞬間にかかった声だった。
まるで引き留めるような声だったけれど、俺はもちろん残るつもりなんてなかった。それでいて尋ねる俺も意地が悪いのかもしれない。
ツナの頭に手を置いて、気持ち強く髪をかきまわす。わあ、と驚いたように声を上げたツナの顔を覗きこみ、ゆっくりと告げる。
「確かに俺が行っても邪魔かもしれないけど、絶対着いていくからな。頑張るから」
想像していたのは泣きそうになっているツナの顔だったのだけれど、改めて窺ってみれば心配の色の方が濃いように思えた。
俺の言葉に何かを言いかけて、ツナは思いなおしたようにかぶりを振ってもう一度口を開いた。
「ねえ、……嫌な予感がするんだ。今だけじゃないよ、朝からずっと。」
言葉を切ってから、目を閉じたツナが俺の手を掴んだ。
「無事に帰ってこようね」
「……ああ、行くぞ!」
2人で頷いて、敷居をまたぐ。
青空から射す日の光に、骸を倒し雲雀とともに全員ここに帰ってくることを誓って。