風惑リアリティ 二十八話 役に立たない通信機器とすれ違い
「くっそ、駄目だ……」
夜の帳も落ち切って、既に日付は変わっている。俺がバイトから帰ってくる頃降り出した雨は3時間ほどで止んでしまい、
丸い月が雲の隙間から顔をのぞかせていた。
その月を何とはなしに見上げながら、一つ溜息を吐く。
手に持っているのはもう何度も数え切れないほど見返した一枚の紙だ。ここに来てすぐに書いたメモ。
昼に六道骸と会ってから心を占めている嫌な予感に、漫画の展開を確認しなくてはと思いバイトが終わるなり走って帰り、探しだしたのだが細部を全くといっていいほど思い出せない。
「こっちに来てから結構経ってるしな……っち」
焦りから舌打ちをして、そのメモに再度視線を落とした。指で弾いて、その先に示す名前を睨みつける。
とりあえず、雲雀には連絡を付けておかないといけないだろう。俺が話した“漫画”について勝手にしろとは言われたが、全く話すなとは言われていない。
それなら六道骸の使う幻覚についての注意だけでも伝えなければ、とそこまで考えて持ち上げた受話器に、しかし俺は固まった。
「……あいつの番号知らねえや」
役に立たない通信機器とすれ違い
俺は走っていた。というより焦っていた。
考えてみれば俺が風紀委員長の電話番号などというトップシークレットを知っているわけもなく、用があるときは直接会って話すのが常で不便さも感じなかったから連絡手段について考えたことがなかったのだ。
確か携帯を持っていたような気もするが、その携帯番号を知っているだろう草壁さんへの連絡手段もない。
気づいて愕然としたが、並盛中学にいるのかそれとも移動中なのかすらわからない相手を探すのに夜の闇は辛すぎる。
酷い焦燥感を抱えながら外が明るくなるのを待っていた俺には、この部屋に一番に差し込んだ日の光に感謝さえした。
家に戻るタイムロスを避けるため制服に着替え、部屋を飛び出す。
まだ一般学生が校内に入れる時間ではない。向かうは、一度だけ訪れたあのマンション。
「並中生が?」
『ハイ、昨夜病院に確認をとってみたところ、被害者は10人を超えているようです』
並盛町のどこか、車道の端にバイクを停車させた雲雀が手にした携帯電話から伝えられた内容に眉を顰める。
情報の伝達が遅いことを電話の向こうの草壁に一言注意して、電源ボタンを押すと、少し考えるような素振りをしてから携帯をしまいバイクのエンジンをかける。
まず病院の院長に会って話を聞かなければいけないだろう、そう考えてバイクを反転させた。
自宅の方向から、真反対にある病院へと。
ぴんぽんぴんぽん、とインターホンの音が人気のないマンションの廊下に響く。しかし家主は姿を見せることはなく、呼び出すための音が無意味であることを告げた。
「居ねえのかよ……」
マンションに連れて来てもらった時は意識がなかったから、此処への道は帰りに送ってもらった学校経由でしか覚えていない。
そのおぼろげな記憶を道をかなりの駆け足で辿って来たのだが、それでも思ったより時間がかかってしまった。
「今家にいないとなるとやっぱ学校か?」
もう一度だけインターホンをおして雲雀の不在を確認してから、意を決して踵を返した。まだ学校の開門時間にはなっていないが、こういう時こそ風紀委員の特権とやらをフルに使わせてもらわなければいけないだろう。
「それじゃあ、全員同じような暴行を受けてるわけ」
「そうです。同じ人物にやられたと見て間違いないと思います。時間も綺麗にずれていますし、その犯行を隠そうとしている素振りもない。そして―――」
「抜かれた、歯ね」
院長に渡されたカルテの人物たちは1年から3年から学年は様々、所属している部活もばらばらで、数人風紀委員が含まれているほかは、並中生という共通項しかない。
これだけでは具体的な犯人の目的が割り出せない。並中生を襲うことによって、得をするような者たち。その目星は付いたとしても。
「全員歯を抜かれていますが、なぜかその本数は揃っていません。襲われた順番から見るとカウントダウンしているようにも思えますが」
「ふん、まあいいさ。それより、この先被害者が運ばれたらその都度連絡寄こしてね」
病院から連絡を受けた草壁がこちらに電話するより直接院長から情報をもらうほうが早い。要件を告げて、その場を後にする。犯人の目星は付けた。
あとはその者たちの情報を確認するために、学校に戻らなければ。
「ええ、それじゃ雲雀……じゃない委員長ここにはいないんですか?」
「ああ。いま委員長はお忙しいはずだ。邪魔をするなよ」
守衛に掛け合ってなんとか校内に入ろうとしていたところで、草壁さんに声を掛けられた。どうやら草壁さんはもとから並中にいたらしく、門の内側から俺のことを見つけて来てくれたらしい。
彼に雲雀の不在を聞いて、途方に暮れる。もうあとは雲雀がいそうな所の見当がつかない。
(ん?そういえば)
「忙しい、って何かあったんですか?」
「……ああ。どうせお前の耳にも入るだろうから言っておく。一昨日から昨夜にかけて並中生が襲われてな。その犯人捜しの最中だ」
「……襲われた?」
がん、と頭を殴られたような衝撃だ。まずい、まずいまずいんじゃないのか。もう並中生が襲われたということは。
(あいつらがもう動いてんのか?!)
「……草壁さん、雲雀のいる場所の、見当は」
「先ほどから携帯が通じないから、病院かもしれないな……、何度も言うが邪魔をするなよ」
「ありがとうございます!」
礼を言って、駆け出す。病院とはまた遠いが、そんなことに構っていられない。それから急ブレーキをかけて、振り返る。
「草壁さん、もし雲雀から連絡あったら俺が探してたと伝えてください!」
返事も聞かずに再度駆け出す。困惑した表情の草壁さんが俺の言葉を伝えてくれると信じて。
本当にひどい擦れ違いがあったものだと、思う。
けれど草壁さんにしてみれば当然の選択だったのだ。
普通、忙しそうにしている上司に、関係のなさそうな部下の一言を伝えてでさらに頭を悩まさせたりするだろうか。
もちろん、答えは。