風惑リアリティ 二十五話小話 明くる日の心機一転、白紙に戻す


昨夜の意外な申し出の後、リビングのフローリングの上に寝転んだを一人残すのもなんだか気分が悪くて、
結局自分もリビングのソファーで寝てしまったものだから、体の節々が痛む。
まあ、あと数時間もたてば治るだろう。そう思い首筋に手を当て、軽くひねる。こき、と軽い音がした。
そんな自分の目の前では、人のキッチンを使って朝食を用意しようとしているらしいが居心地悪そうに立っていた。

「ところで、お前って朝パン派?ご飯派?」

「どっちだと思う?」

欠伸をしながら答える。僕は断然ご飯派だけれど、それに気付くだろうか?



明くる日の心機一転、白紙に戻す



眠りに落ちる少し前に、泊めてもらったし俺何かしたほうがいい?と聞いてきたに、一宿一飯の恩かい、と笑いながら返したのは覚えている。
しかしその後、え、じゃあ朝飯とか作ったほうがいいのか、と聞いてきたのに何て答えたのかあまり覚えていないのだ。
意味を取り違えているらしい彼になにやら言葉を返したのは覚えているが、寝ると決めた直後だったから真面目に聞いていなかったのだ。
それに彼も僕が寝た後起こすようなことはしなかったから(そういえば病院でゲームをするときに彼もいたのだったか)、結局曖昧なまま朝を迎えて。
おそらく差し込む朝日で目を覚ますのと、彼が上げた悲鳴に気づくのは同時だっただろうから、トンファーを構えることもなく。

「……俺、起こした?」

「どうだかね」

起き上った僕に真っ青な顔をしたにそっけなく返す。それから、おはよう、と言えばひどく驚いたような顔をして、あっけにとられたように挨拶を返してきた。

「……はよ」

起きてすぐ誰かに挨拶をするなんて久しぶりだけれど、悪くない。


「いや、今冷蔵庫見させてもらった感じだとパンも見当たらないし絶対ご飯派だと思うけど一応聞いてみた」

あっさりとそう告げるのに内心で小さく驚いた。朝食を用意する、とは言ってもてっきり適当なものだと思っていたのだが、どうやらそれなりにやる気らしい。

「あるものは適当に使っていいけど、片づけていってよね」

「はいはい」

あるものって言ったってお前ん家ほとんどものねーじゃん、という呟きは聞かなかったことにした。
手際よく手を動かすを見ながら、昨日の疲労ぶりを思い出す。実際ここに運んできてから丸々6時間ほどは目を覚まさなかったし、かなり乱暴に手当てしても身じろぎ一つせず昏々と眠り続けていた。
今は時折左半身を庇うような素振りがあるものの、それ以外は特にないようだ。
確かに、いつもより力を入れて殴ったけれど、本気には程遠い。それでそこまでダメージを受けるのも珍しいものだ。
それならば自分以外の要因があるのか、と考えるとあの妙な短剣のことが思い当たる。
赤ん坊の言っていたこともよくわからないが、の体力が失われるにつれて動きが良くなるなんて不自然に決まっている。
自分が持ち上げようとすればひどく重く、想像できる金属の重さを遥かに超えているようにさえ感じ取られた。
それを扱えるような筋力がにあるとは思えない。
腕を組んだまま、の後姿を見る。
ひどく甘いことを言っていた彼が、もう一度あの短剣を持つつもりなら聞きたいことがある。


「へえ、よくあんな材料で作れたね」

「お前な……そう思うならもっとちゃんとしたもん入れとけよ」

人の家の冷蔵庫事情に口を挟んでほしくない。そう思いながらかき玉汁を飲んでみると、薄めの味付けですこしとろみがついていた。

「悪くないね」

「あ、それ味薄くないか?朝飯だし、気持ち薄くしたんだけど」

頷いて、もう一口飲むと安心したようにが自分の食事に手をつけた。待っていたのだろうか、と思いながら自分も箸を進めた。
適当に大根サラダをつまむ。ドレッシングなんてなかったはずだが、作ったらしいその味もきつくなくて丁度いい。
そもそもよくこの部屋に、二人分の皿などあったものだ。まあは適当なもので代用しているようだが。


「ねえ、少し話があるんだけど」

「んー、なんだ?」

きれいにたいらげた皿を洗っているに声をかけた。食事のときに話を切り出さなかったのは、もしかしたら逃げ道を作ったのかもしれないと思いながら。

「君、まだこれからもあれを持っている気なの」

「あれ?」

「昨日の、短剣のことだよ」

リズミカルに食器を洗っていた手が止まるのが見えた。
おそらく近いうちにあの赤ん坊はまたにあれを持ってくるだろう。そのとき彼は受け取るのだろうか。

「誰にでも。簡単に振り回したくない。君はそう言っていたけど、武器を持つ身としては甘すぎる」

「……」

ざああ、という水の流れる音だけが聞こえる。食器の泡を落とすはずのそれはただステンレスの表面を潤して流れているのだろう。

「覚悟は、」

「ん?」

水の音に気を取られて、聞き逃した。聞き返せば、少し普段より低いの声が聞こえてくる。

「覚悟は、しなきゃならないもんか?」

「覚悟もなしに武器を持つ者は結局弱い。草食動物が自分から肉食動物の群れに飛び込んだところで、脆い牙に倒れてくれる肉食動物はいないと、僕は思うよ」

また沈黙が挟まれて、先ほどより長いそれに組んでいた足を左右逆にして、答えを待った。

「結局弱い、か」

自嘲するような響きをもったそれに、低めの声は何かに耐えているのだと思わせた。
その内心を知るべくもないが、彼が武器を持つようになった理由になにかあるのかと思う。
そしておそらくその理由が自分と関係ないことに気づいて、また腹立たしく思う前にひとつ深呼吸をした。

「わり、ちょっと考えさせてくれ」

「それは、自由だけどね」

ただし、と一言はさんで付け加える、今度は注意を引くように、がこちらを振り向くのを待った。

「答えが出たら、聞かせてもらいたいな」

「……ああ」

苦い笑みを浮かべて頷いたに口端をあげて返した。それからふと、時計を見やる。

「そういえば君、服どうするの」

「え?」

「今日月曜だよ。まあまだ7時だけどね」

突然真っ白な顔をして、残っていたらしい洗い物を高速で片付けたがばたばたと寝室に駆け込んだ。そういえば昨日そこに寝かせたけれど、特に何も持ち物はなかったはずだ。

「雲雀、俺のパーカーどこ!?」

「ああ、そういえば着てたね。汚れてたからそこに」

「うおおおお」

適当に放っておいたパーカーを握りしめ急いで部屋から出ようとするにくつくつと忍び笑いをしながら、気分が良くなったから一声かけた。手にはバイクのキーがある。

(こんなサービスは破格だからね)

「僕ももう学校行く。だから途中まで送ってあげるよ、


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