風惑リアリティ 二十四話 目の前を舞った星よ、カムバック


「う……」

自分が上げたらしい呻き声に、重い瞼を持ち上げる。すると飛び込んでくるのはとてもまぶしい照明の光で、今まで目を覚まさなかったのが不思議なほどだった。
その光に目を細めつつ視界に入った見覚えのない天井に、自分が居るのが見覚えのない部屋であることに気づくまで数秒。

(?!どこだここ……っ痛ッ)

驚きに目を見開いて勢いよく起き上がろうとしたのだが、体を動かしたとたんに左脇腹に走った激痛に止められた。
顔を顰めてその痛みをやり過ごすうちに、自分が寝ていたのではなく気を失っていたのだろうということに思い当った。
少しずつ意識がはっきりしてきて、自分が意識を失う前に何をしていたのかということを思い出す。

「あれ、起きたの」

「……ああ」

自分が気を失うことになった原因も。
俺が寝ていた部屋のドアを開け顔を出した雲雀に、苦々しく返事をした。



目の前を舞った星よ、カムバック



いつもの学ラン―――正しくは旧並盛中制服か―――以外を着ている雲雀を見るのは初めてだ。
まず私服の雲雀なんて珍しいものを見たせいで、本当に雲雀なんだろうかなんて失礼な疑問が沸いてしまった。
だが、雲雀に双子でも居ない限りこれほどまで同じような顔をしたやつはいないだろう、いやいてたまるかとその疑問を打ち消した。
紺のカッターシャツに黒のスラックスという服装で部屋に入ってきた雲雀を見ながら、体を起こさぬまま尋ねる。

「……ここ、どこだ?」

「僕の家だけど」

「は?」

予想の斜め上を飛んで行った答えに、あっけにとられて開いた口が閉じられない。
そんな俺の顔を見ながら、はあ、とため息をつく雲雀の手には手提げのビニール袋。何が入っているのかなんて考える余裕はなかった。

「せっかく赤ん坊にも頼まれたから連れてきてあげたっていうのに、信じられないよ。あと、」

「ぶっ」

「話の途中で寝ないでくれる」

思わず気が遠くなったから本能の命じるままに安らかに目を閉じたら、間を置かずべしっという音を立てて顔になにかがぶつかってきた。
つるつるとした感触のそれをなんとか顔から浮かすように持ち上げてみると、どうやら先ほど目に入った雲雀の持っていたビニール袋だということがわかった。
中を見れば真新しい包帯と湿布が入っている。

「なんだこれ」

「勝手にやってくれる?もう自分でできるでしょ」

言うなり雲雀は身を翻して、入ってきたドアのノブを掴んだ。そこで振り返って、思い出したように一言付け加えた。

「終わったら隣に来てよ。僕は先に行ってるから」

今度こそ出て行った雲雀の背中を見送って、そろり、と起き上がる。今度は左腹に力を入れないように注意しながら。
手に持った包帯と湿布を見比べて、ようやく合点が行った。改めて自分の姿を確認すれば、上に来ていたパーカーは見当たらないものの、それ以外はすべてそのままだ。
あれだけ派手に転がったのだから、きっとパーカーは酷いありさまだろう。それを思って苦笑する。肺を震わせたその時、胸が何かに締め付けられている感覚に気がついた。
シャツを捲ると、腹から胸にかけて白い包帯が幾重にも巻かれていた。

(もしかして……)

包帯の上に手を置いて、その感触を確かめる。わずかに感じる冷たさは、包帯の下に貼られた湿布だろうか。
この処置をしたのは、雲雀、なのだろうか。気を失った俺にそんなことをするような優しさが、あいつにあるのかと。
半ば呆然としながら視線を彷徨わせれば、部屋の調度品の中の一つ、壁に掛けられた時計が目に入る。
一度は通り過ぎたそれを慌てて確かめる。感傷が吹っ飛ぶ衝撃があった。
リボーンに呼び出されたのが朝の10時。それから雲雀とかなり長いことやりあっていたとは思う。しかし、

「8時ぃ!?」

「うるさいな、何」

素っ頓狂な叫び声を聞きつけたらしい雲雀がもう一度顔をのぞかせたが、すぐに眉根を寄せた。
未だ俺の手に握られたままの袋の中身に苛立ったようだったが、どうやら俺の言い分を聞いてくれるらしい。

「おま、時間、これ、」

「ああ、だから湿布買ってきたんじゃない。もう貼り変え時でしょ」

あっさりと言われた言葉に、時計と、湿布と、それから雲雀の顔を見比べて。何にかはわからないがとりあえず頷いた。


そそくさと湿布を貼り変えて、(湿布の下に覗いたひどい痣に眩暈を覚えた)雲雀に言われた部屋に移動した。
見慣れない場所で雲雀と2人きりという息がつまりそうなことこの上ない空間だが、他人の家で文句を言うのもはばかられる。

「それでさ、俺よく状況が呑み込めてねえんだけど。何で俺お前の家にいるんだ?」

ひとまず時間のことは置いておいた。というより問うまでもなく、6時間以上気を失うほどのダメージを受けていたのだろうと俺の中で結論付けた。
まさか雲雀の一撃を喰らっただけでこれほど長い時間目を覚まさないなんて、思いもしなかったことだが。

「言わなかった?赤ん坊に頼まれたんだよ。を連れて行けってね」

そういえばさっき言っていたような気がしなくもない。

「えーと、つまり屋上でのやり取りのあとぶっ倒れて、リボーンに頼まれたお前がわざわざ連れてきて介抱してくれたと?」

「しつこいな」

いらいらとしたように呟かれた返事は、しかし否定はしていない。否定してほしいなんて思わなくもなかったが、どうやらこの事実は真実のようだ。
しばしの逡巡のあと、おれは雲雀に頭を下げた。

「ありがとな。助かった、よ」

怪我の原因である雲雀に礼を言うのも変な気分だが、もしまだ屋上に放っておかれていたら散々な目にあった挙句踏んだり蹴ったりな一日の終わりを迎えることになっただろう。
俺の言葉に眉を跳ね上げた雲雀は、しばらく不思議そうに俺を見ていた。
それから表情を普段のそれより少し険しいものにして、口を開く。

「君に礼を言われる筋合いはないけど……そうだね、恩を感じてるなら」

一度言葉を切る。何を言われるのかと、自然に雲雀の言葉を待つ姿勢で雲雀を見上げたが、直後。

「聞きたかったことがあるんだ。君の、不思議な話の続きとか、ね」

視線を合わせた事を後悔した。


これでは、言い逃れることなんてできない。


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