風惑リアリティ 二十二話 異なる重みは気の迷い?
「ツナたち、準備進んでっかな」
「さあなー。でもツナの作文は興味ある」
だよな、と返す山本と笑い合いながら、ツナの家へと向かう。「小学校の時の夢」について発表するというグループ研究で俺と山本は同じ班になった。 そこで放課後グループ内で集まろうとしたのだが、俺と山本はツナたちのグループの偵察に回されたのだ。
実際は、発表準備を進めるにあたってすぐに寝そうになる山本に与えられた役目だったが、興味があったから俺も一緒に偵察隊に回してもらったのが事実だ。
断じて、楽がしたかっただけというわけではない。
異なる重みは気の迷い?
「ツーナー、進んでっかあ」
「偵察に来たぜ」
「あれ、二人とも何で!」
いつも通り普通に玄関から入ってきただけなのだが、慌てふためくツナの様子がどうも少しおかしい。どうしたのかと、問う間もなくツナに肩を押された。
「ちょっと2人ともあーどうしよう2階……でも2階……とりあえずだけでも2階行っててくんないかな、今だけでいいから!」
「?お、おう」
必死にツナが隠そうとしているキッチンを覗き込むこともままならず、俺は肩を押されるまま階段を上ったが、ツナの体で見えない後ろの方では山本が何かを持ち上げて笑っていた。
山本の手の中にあるものを見ようとしたが、背中を押されながら階段を上る無理のある体勢では、上手く振り返ることができない。
なんとか山本も2階に連れて来ようとしているようだが、何やら大声で叫んでいるのを聞く限りどうもうまく行っていないらしい。
大変そうなツナの様子に自分が行って山本を連れて来ようかと思ったが、ドアの開いていたツナの部屋の中を見てそんな考えが吹っ飛んでいった。
「なんだ……これ」
何度か来ているツナの部屋は、よくある中学生男子の部屋で、少しゲーム類が多いぐらいでごくごく普通の部屋のはずだった。
それが今、俺の目の前の部屋はかくや武器庫かと思わせるほどの大量の武器が並べられ、そのどれもが異質な存在感を放っている。
「ん、か」
「リボーン、どうしたんだよこの武器の山……」
黒光りする鈍器、銃器に混じってくるりと振り向いた黒衣の赤ん坊の声にも、茫然とした問いかけを返すことしかできない。
「ああ、俺が持ってる武器だ。こいつに見てもらおうと思ったんだが……失敗だった」
こいつ?リボーンが言うような人影が見当たらなくて、広くはないツナの部屋を見渡す。
と、俺の足もとに黒く丸い影ができているのに気付いた。
その影が自分のものにしては大き過ぎることに思考が追いつく前に、ヨヨヨヨ、と妙な声が頭上から響いてきた。
「おうわっ」
「はじめまして、わたくし武器チューナーのジャンニー二と申します。ボンゴレ十代目のご友人ですか」
降ってきた球体を慌てて避けると、ずん、という重い音を立てて目の前にそれが落ちた。
中にはやたら丸い人が乗っていて、どうやらそいつがこの丸いものを操縦していたのだと知る。
「……ジャンニー二?」
「はい、以後お見知り置きを」
ようやく相手の名乗りに反応して、名前を聞き返す。ジャンニー二、というのは確かに聞き覚えがあって、そういえばこんな奴が10年後の話でも出てきたような、と納得した。
「こいつが俺の武器をダメにしてくれてな。早く直せ」
「は、はいっ只今」
リボーンに球体を蹴り上げられ慌てて何やら操作をすると、球体から伸びた金属のアームの先が細かく動き、近くにあった武器を一つ掴んでいじり始めた。
「駄目にするって……どういうことだ」
「文字通りだ。こいつまだ半人前らしくて全部武器を使いものにならなくしてくれやがってな」
なんちゅう武器チューナーだ。下手なテロより恐ろしい。半眼でジャンニー二を見やって、それから改めて部屋に並ぶ武器を見渡す。
使いものにならない、とは言うがその方が平和だなあ、などと考えているうち、なにか引っかかることがあるのに気がついた。
「ひいぃはやまらないでえええ!!」
「十代目危ない!この野球バカ放せぇ!」
ひときわ大きな声が階下から響いてきて、思考が中断させられる。続いてぱあん、という何かが弾けるような音が聞こえたのにひきつりながら、こちらは平然としているリボーンに確認する。
「なあ、もしかして、もしかしなくても。今獄寺小さくなってたりしねえ……?」
「ああ。よく知ってるな。見たか?」
声にならない悲鳴をあげて、ツナの部屋を飛び出す。踏み外しそうな勢いで階段を降りて、ツナが必死に見せまいとしていたキッチンに飛び込んだ。
そこにはあきらかに異質な雰囲気をまとった男2人が妙な服を着て床に転げており、しかしツナを含め、小さくなっている獄寺、山本、それに女の子たちはどうやら無事なようだった。
「えれーぞ獄寺」
ほっとするのもつかの間、俺のすぐあとに着いてきたらしいリボーンが現状の説明をする。
光学迷彩がどうやら、という話に聞き覚えはあったものの、それよりなによりこの男2人がここに来た目的に恐怖した。
あっさりさっぱり話しているが、暗殺者に狙われツナが殺されかけたというのだから笑いごとではない。慌ててツナをその男たちから遠ざけようとするも、男たちがダメージから復帰する方が早かった。
「こうなったら直接殺しましょう!」
「ひぃい!」
「ツナぁッ!」
「十代目!!」
ツナに向けられた銃口に、すぐそばにいた小さな獄寺が駆け寄るが、すぐさま蹴りとばされて守ることはかなわない。
その獄寺が無事山本の手におさまるのを横目で確認しつつも走り寄るスピードは緩めず、男たちとツナの間に体を滑りこませようとするが、銃を向ける男は2人で、そのどちらもが俺よりツナに近い。
俺は獄寺と違ってダイナマイトを持っているわけではないし、一発殴ったところで大の男が吹っ飛んでくれるほどの力もない。
(くそ、間に合わない!)
トリガーにかけられた指が動く前に、そう思っても、相手は待ってくれはしない。どう考えても指先をほんの少し動かす方が、俺が足を動かすより速い。
絶望が胸を占めるその瞬間、どこからともなく小さな黒い物が飛んできてツナの額に命中した。
「死ぬ気で敵を倒す!」
それまで怯えていた本人とは思えぬほどの早業で、あっという間に目の前の銃を持った2人をひねりあげ、庭に放り出す。
「まいったか!」
「……はは、つえー」
置いてきぼりにされたような気持ちで、ツナの活躍に感嘆の声を洩らした。
死ぬ気弾のお陰でなんとかなったからよかったものの、俺では助けられなかった。焦燥だけが募って、もどかしさが全身を支配したのを忘れられない。
(俺じゃ、無理ってことか)
額の炎が消えて、いつもの表情に戻ったツナが心配そうに俺と獄寺を見た。
―――俺達じゃなくて、自分の心配をすればいいのに。
「ちょっとジャンニー二、これ重くて動かせないよ?」
グループ研究も切りのいいところで切り上げ、女の子たちを帰したあとツナの部屋の片付けをすることになった。
階下での騒動に、慌てて降りてきてしまったらしいジャンニー二だがどうやら仕事は終わっていたらしく、散らかった武器をリボーンに言われたとおりに揃えていくだけだ。
そんな中、ツナが挙げた大声に、ツナが持ち上げようとしているものを見れば2振りの短剣があった。
どう見ても動かせないほど重そうには見えないそれに、首をかしげる。
「何言ってんだツナ。そんなのさっき一緒に運んだでかいハンマーより軽いだろ?」
「ち、ちがうよ本当に重いんだって!これまだ壊れてるんじゃないの?」
慌てるツナに、ふよふよと浮かぶジャンニー二が不思議そうな顔をして答えた。
「おかしいですね……私は全て元々の性能に戻したはずなのですが」
アームを操作し、ツナの足もとにある短剣を挟んで目の前に持ってきて繁々と眺めると、眉をひそめた。
「ふうむ、やはり直っているようですねえ」
「どれ、そんなに重いのか」
「あ、ちょっと、危ないよ!」
ジャンニー二の操作するアームから短剣を受け取り、腕を上下させて重さを確かめてみるが、やはりツナが言うほどの重さは感じられない。
「なんだ、やっぱ普通じゃねえか」
「ええ?!俺重くて全然持ち上がんなかったのに……?」
ツナが目を見開いて、信じられない、というように叫ぶ。そのツナの背後にある窓が開いて、どこに行っていたのかリボーンが顔を出した。
「なんだうっせえな。まだ片付かないのか」
「いや、ツナがこれすっげえ重いとか言うから」
これ、と言って手に持った短剣を差し出す。沈黙したまましばらくその短剣を見て、リボーンが呟いた。
「、お前それ全然重くないのか?」
「は?なんだよお前まで」
訝しげに俺の手を見るリボーンは、しかし短剣を受け取ろうとはしない。改めて手の中の短剣を見下ろす。
2振りだが、どうやら2本で一つのものらしく同じような形をしている。果物ナイフよりは厚い刀身、けれど包丁よりは小振りのそれ。柄には蛇のような動物に羽根がついたようなエンブレムが彫ってある。
パッと見たところ骨董品のようだが、軽すぎず、手に感じるある程度の重さはきっと実用性を重視しているのだろう。だが。
(どっちにしても俺には関係ないな)
もう一度、リボーンに向かってそれを差し出す。けれど小さな手はそれに延ばされることはなかった。代わりに俺を見上げて、にい、と口端を持ち上げて笑う。
「お前、それ持ってろ」
「だから持ってるじゃねえか」
「そうじゃねえ、お前が、それを持っていろって言ってんだ」
溜息交じりに言いなおされた言葉に、今度は俺が目を丸くする番だった。
「何言ってんだよリボーン!にそんなもん持たせてどーすんだよ!」
「うっせえ。あいつが持ってた方が良さそうなんだから仕方ねーだろ」
むしろ俺もツナの反論の通りだと思うのだが。俺にこんなものを持たせたって使える訳でもないし、何より困る。
「本当にいらないのか?」
「え、」
いらない、と答えようとしたが、喉がひきつったように言葉が発せられない。こんな危ないもの貰ってどうする。持っていたってしょうがない。使えない。けれど、
(いらない、訳じゃない)
ツナを見る。当のツナは困ったように首を振って、リボーンのわがままに付き合わなくていいよ、と言っている。
その顔に、先ほど銃を向けられて蒼白になっていた顔が被る。もしかしたら、あの瞬間この短剣を持っていたら俺にも何かできたかもしれない。
そう、思えば。
「一応、貰っておく」
「よし」
ええええ、と驚いて叫ぶツナに笑い掛けて、手の中の短剣を握りしめた。決心の理由なんて、言わなくていい。
「ああ、てめえ何してんだ!」
「お、いいもんもらったな」
下の片付けをしていた山本と獄寺が顔を覗かせるなり揃って声を上げるのに、俺はしゃがみこんで獄寺に目線を合わせた。
「子供扱いすんな!」
「今はその体型なんだから仕方ねえだろ。ほら、届くなら殴ってみろよ」
「てんめえええええ!」
頭を掴むと、小さな手を必死に振り回して殴りかかろうとするが決して届かない。その様子に笑って、脇の下に手を入れて持ち上げる。
「小さくなった割に、頑張ったじゃねえか」
「っ馬鹿にすんな……十代目をぎりぎりまでお守りできなかったんだ。早く元に戻りてえよ」
「……そだな」
途端に大人しくなった獄寺の頭を撫でる。ツナに銃が向けられた瞬間、状況を理解できなかった山本はさておき、あと少しで手が届かなかった獄寺は酷く心を痛めたのだろう。
少し、俺もその気持ちを味わったのだうか。そう思うと獄寺を慰めずにはいられなかった。
「だから子供扱いすんな!」
「わりぃ」
今度こそ手を離して、床に下ろす。
さっきまで落ち込んでいたのはどこへやら、小さいなりに眼光鋭くこちらを睨みつけていた獄寺が、気まり悪そうに目をそらした。
「なんだよ」
「しょげてんのはお前もじゃねえか。調子狂うから早く元に戻れよ」
絶句した。まさか獄寺にこんな風に慰められるほど、態度に表れていたというのだろうか。
動揺を悟られないように、衝撃から立ち直ってすぐに口を開く。
「お前ほどじゃねえっつの、このプニプニ体型が」
「んなっ!好きでこうなってるわけじゃねーよやっぱムカつくテメー!!」
そうだ、やっぱりこうやって、口げんかをしているのが一番俺たちらしい。そう思って、笑った。