風惑リアリティ 二十一話 茶柱事件簿、第二の怪


また一山仕上げた書類を積み上げて、重く感じる肩を回す。ふと窓から覗く晴天に、心がくじけそうになった。思わず、ぼそりと呟く。

「はっはー、折角のゴールデンウィークになんで俺ここにいるんだろうなー」

「うるさいな、手を動かしなよ手を」

ぴしゃりと響いた低い声に、俺は肩をすくめて溜息をついた。



茶柱事件簿、第二の怪



静まり返った校舎の一室、というか応接室で、俺は風紀委員長と風紀副委員長と共に雑務をこなしていた。
週一の風紀責務が、今週はゴールデンウィークはじめの3日にぶち当たってしまったのだ。
とはいえもともと休みなのだから通常の会計の仕事はないだろうと踏んでいたのだが、どうやら読みが甘かったらしい。

『この時期は書類の更新作業が多くてね、来週は休日に当たっているだろうけど関係ないから。昼には来るように』

『・・・は?』

あっさりさっぱり雲雀が口にしたその言葉に、某モノマネタレントよろしく「ちょ、待てよ」と問いかけたくなったのは俺のせいじゃないはずだ。
昼までに、とは言われたものの遅れたときのことを考えたら後が怖いので早めに家を出た。
静かな校舎の一室、いざ来てみれば確かに応接室のデスクの上には書類が高く積み上げられていて、既に部屋では作業がなされていた。
俺と交代だったらしく書記の風紀委員は入れ替わりに出ていき、今応接室には3人だけだ。
ただ与えられた仕事をこなすこと早3時間。書類の申請日を確認し、期限の切れているものを分類する単純作業だが、流石に目が疲れてきた。かなりの量をこなしたはずだが、それでもまだ半分ほどしか終わっていない。
ちなみに今この作業をしているのは俺一人のようで、2人はなにやら書き物をしている。その2人を見比べ、思いきって副委員長に尋ねた。

「あの、ちょっと休憩してもいいですか」

「ん?……そうだな」

相も変わらず年上にしか見えない草壁さんが(恥ずかしながら尋ねて名前は覚えた)顎に手を当て、雲雀に向きなおる。

「委員長、どうでしょうか」

雲雀に聞くよりも頷いてくれる可能性が高そうだと思って声をかけたのだが、これでは意味がない。あちゃあ、と内心諦めながら雲雀の答えを待つ。当の雲雀は壁にかかった時計を見て、

「まあいいか。それじゃお茶でも淹れてよ」

ずいぶん寛大な答えを返してきた。あっけに取られている俺の肩を草壁さんが叩いて、柔らかく言葉を補う。

「よろしく頼むぞ」

「……は、い」

てっきり「休む暇があるなんて余裕だね。あと2倍くらいやってもらおうか」なんて言われるかと思っていた。鬼の風紀委員長に肩透かしを食らったような気がして、どうも変な感じがする。
―――そんな違和感がこの頃続くから、余計おかしいように思うのだ。

、俺の分はいい。委員長、これを資料室に運んできます」

「ああ」

仕上がった書類を腕に抱え、雲雀に会釈して副委員長は応接室を出て行って。気付けば応接室に雲雀と2人だった。
風紀委員の仕事をする時は大抵他の委員が居たから平気だったのだが、この間から雲雀に感じる気まずい違和感がどうにも消えない。しかもその違和感の原因がわからないのだから、手に負えない。
ひとまず頭の中から追い出し、言われたとおり茶を淹れようと、移動する。その俺の背に声がかかった。

「ねえ、

「な、なんだよ」

気にしないように務めていたものの、思ったほどその効果は表れていなかったようで声が裏返った。舌打ちをしつつ振り返れば、片眉をあげ不思議そうな顔をした雲雀が頬杖をついていた。

「なに変な声出してるの。君の書類あとどれくらいで終わりそうなのさ」

「へ?あ、ああ書類な!そうだな、やっと半分いったから、あと3時間は掛からないんじゃないか」

「……あと3時間、ね」

仕事の話にどこかほっとしつつ、返事をしてあと3時間は掛からない、なんて言った自分が恨めしくなった。もっと早く終わらせて帰りたいのに、仕事に3時間かかってもおかしくないと言っているように聞こえる。
ツナはこのゴールデンウィークを利用して旅行に行くと言っていた。休みを満喫しているだろうツナを思い浮かべて、肩を落とした。


「2回目だね」

「ん?」

淹れたばかりの茶を飲んで、一息つくなり雲雀が切り出した。なんの回数かと、首を傾げかけたがすぐに得心がいった。

「ああ。茶のことか?そういやそうだな」

自分は会計であって決して茶くみ係ではないから、今回のように特別な事例がない限り茶を淹れることはない。1回目は、雪合戦の日だ。
思えば、あの日雲雀に励まされたのを皮きりに、その後の花見の時もなにかと精神的に助けられている。全く予想外のところで風紀委員になどになってしまったが、雲雀に感謝していない訳ではない。

(でもなんかおかしいっつーか)

ついでに休憩するつもりなのか、完全にペンを動かしていた手を止めて茶を飲む雲雀を見下ろす。今は眉間に皺もなく、身に纏う雰囲気に安らぎはないが落ち着いている。
雲雀の顔を見ていてもわからない違和感の正体は何なのだろう。

「人の顔じろじろ見るのは感心しないよ」

「あ、わり」

上目でじろりと睨まれて、慌てて視線を外す。湯気の立っている雲雀の湯のみを見て、自分も喉が渇いているように思えてきた。

「なー、ここって呼びの湯のみとかねえの」

「予備?ないと思うけど。君も飲みたいの?」

「なんかお前が飲んでるの見たら飲みたくなった」

言いながら、ふと草壁さんの言葉を思い出した。「俺の分はいい」、と言って出て行ったことを考えれば、いつもは彼の分も淹れられていると言うことになる。

(でも勝手に使ったら悪いよなあ)

「飲めばいいじゃない」

「え、草壁さんので?」

丁度いいところで雲雀が提案してきたものだから、脊髄反射でそう返してしまった。ところが雲雀は不機嫌そうに眉をひそめて、なんで草壁のなのさ、と口をへの字に曲げた。

「今君が淹れたんだから、飲めば」

「……は?」

意味が飲み込めず、雲雀の顔と雲雀の湯のみを交互に見る。間を挟んで、噴出した。

「うわはは、何言ってんだ。いいってそこまで気使わなくて」

ゴールデンウィークを潰したことを少し気にかけていてくれたのだろうか、と思うと同時、早くこの仕事を終わらせてやろうと言う気になった。
こう言うところが、強さだけでなく風紀委員に慕われる所以なのだろうか。初めて会った時には考えもつかなかったし、漫画でもそんな描写がなかったから予想もつかなかった。
そのギャップに笑ってしまったのだが、当の本人は不機嫌この上ない顔をしている。慌ててと口を閉じた。

「誰が気を使ってるのさ」

「え、だってお前」

はあ、とこれ見よがしに溜息をつかれた。そこでやっと、ある考えに至る。
もしかして、これはあの違和感の続きなのだろうか。部下に対する気遣いだろう。そうだと言ってくれ。
消えていた気まずさが戻ってきて、居たたまれない。
その時、ガラリとドアを開けて副委員長が戻ってきた。
肩の力が抜けて、ほっとする。そんな俺と対照的に雲雀は目を細めてそっぽを向いた。

「どうかしましたか、委員長」

「別に。そうだ草壁、これが済んだら買い出し行ってきて」

「はい」

突然の雲雀の命令にも冷静な態度を崩さない草壁さんに感心していたが、横眼で伺った雲雀の口元が笑んでいるのにはっとする。

の分と、新しい書記の分の湯のみね」

「わかりました」

ここに務める風紀委員の分を揃えているらしい、などということよりも雲雀の浮かべている悪そうな笑みに俺の口端がひきつった。
湯のみを置く真の目的であろう、ここで長い時間働かせる気満々の雲雀の心中に、部下への気遣いなんてきっと無い。
気まずさはどこへやら、俺は天井を見上げて長く息を吐いた。3時間ではとても帰れそうにない。

(ジーザス……)


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