風惑リアリティ 二十話 使った定規は目盛りが消えていた


「ツナー、帰ろうぜ」

「あ、うん!」

終礼が終わり次々と生徒たちが席を立つなか、俺も荷物を手にツナに声をかけた。

「久しぶりだね、と一緒に帰るの」

「あれ?そうだっけ」

「10代目が仰るんだからそうなんだよ!てめえ付き合いわりいんじゃねぇのか」

ついさっきまでいなかったはずの獄寺の姿が突然ツナの横に現れるのにももう慣れた。しかし獄寺の口から出た言葉に、思わず疲れた様な笑みが浮かぶ。
今では平日に三日バイト、一日風紀委員の仕事を請け負っているため、ツナ達と帰れるのは週に一日しかない。もともと山本は野球部の練習があるから帰りが一緒ということは少ないけれど。

「俺だって出来るならもっと一緒に帰ったりしてえよ……」

「?」

てっきり反論すると思っていたらしい獄寺とツナが、肩を落としながらの俺の言葉に拍子抜けしたように目を丸くした。



使った定規は目盛りが消えていた



「はあ!?」

「あのさ、もう一回、言ってくれない……?いややっぱ聞きたくないかも!」

ツナと獄寺に挟まれて歩くいつもの帰り道、俺はいつになく肩身の狭い思いをしていた。
というより獄寺お前いつもはツナの隣を譲らないくせにこう言うときはなぜ俺の隣に来るんだ。

「いや、だからその……会計をな、引き受けちまって」

てんめぇ!俺は全く認めてねえが一応10代目のファミリーのくせになに風紀委員に入ったりしてやがんだよ!」

「獄寺君落ち着いて!ていうかもう一回聞きたくないことを君がはっきり言った!!」

できれば俺をはさんで大声で言い合いするのはやめてほしいが、言えるような立場でもなかった。だからぼそぼそと小さく否定する。

「別に俺マフィアになるつもりはねーんだけど」

「それは俺も知ってる。それより本当なの、

獄寺を押しとどめてツナが尋ねてくるのに、力無く頷いた。こうして友人の反応を見てしまうと余計自分の判断が間違ったように思えてしょうがない。

「よ、弱みとか握られたりした?」

商店街のおばちゃんと同じことを訊かないでほしいと思いつつ更に項垂れた。優しさからくるのだろうその気遣いは、逆に精神的にダメージが大き過ぎる。首を左右に振って、答えた。

「釣られたんだよ……結局は」

「釣られた?何に」

まだ語気の荒いまま、獄寺が半ば糾弾するように問いかけてくる。

「……商店街の買い物料金10%OFF」

そのとき間違いなく、獄寺とツナの周りの空気が止まった。
やばい走り出したい、むしろ大声で俺の馬鹿、と叫んで逃げ帰りたくなってきた。
頼むから何かひとこと喋ってほしい。ちら、と横目で2人を見ると、2人ともぽかんと口を開けたまま、頭の可哀そうなものを見るような目で俺を見ていた。
―――耐え切れない。
「くっそおおおおおやっぱ言うんじゃなかったああああ」

「あっ待ってが全力疾走したら俺達追いつけないよ!!!」


ぜえはあと荒い息をつきながら3人で肩を上下させていた。

「……ごめん」

「ホント、だぜ。ったくよ」

、足速いから……けほ」

傍から見れば一体何をしているのかと言いたくなる状況だったと思う。
1人が赤面しながら走り、後ろから2人が必死にそれを追いかける図など。
2区画ほど走ったところで足を止めたが、少し恥ずかしさが薄れた代わりに今自分がした行動の子供っぽさが悲しくなった。

「それにしてもさ、そんなに家計きついの」

「いや冬も過ぎたし、そこまで切羽詰まってるわけじゃないんだ」

「けっ、この貧乏性が」

少しだけ俺の方が立ち直りが早かったから、下を向いている獄寺をヘッドロックしてぐりぐりと腕に力を込める。

「まあそう言われたら元も子もねえんだけど」

、しまってる!しまってるよ!」

絞めてんの、と返して獄寺を開放する。ついでに飛んできた右拳を左手で受け止めた。

「あれ?それじゃあ、今までも放課後早く帰ってたのってそれのせいなの?」

「ん?あ、いやまたそれとは別なんだけど」

バイトのことを口外するのは、風紀委員関係とはまた違った意味でまずい。
それこそ1年経つと言うのに、未だツナに打ち明けられない自分もどうかと思うが。

「結局付き合いわりいんじゃねえか」

「お前にはな」

今度こそ言い返して、ツナの仲裁が入るまで俺と獄寺の言い合いは続いた。


「それにしても、風紀委員か」

「……ああ」

ひとつ前の交差点で獄寺と別れ、ツナと2人で歩く。しみじみと呟かれた言葉に、躊躇しながら頷いた。

「あんまり一緒に遊べなくなりそうだね」

「そんなに変わんねえよ」

小さい声でぽつりと言われて、慌てて否定する。週に一度しかその肩書きの仕事をしないのだから、そこまで生活が変化する訳ではない。

「そうかもしれないけど……うん、なんでかな」

「変なツナ」

あはは、と笑う声が重なる。けれどツナの笑い声には元気がないようだった。俺が問いかける前に、ツナがぱっと顔を上げてこちらを向く。

「そうだ、もうすぐ誕生日だよね」

「え?言われてみれば、そうだな」

「去年知った時はもう過ぎてたから、今年こそはなにかお祝いしようよ」

「マジで?嬉しいな」

―――もし。
もしもう少し俺に注意力があったら、夕暮れの寂しげな日の光に混じってツナが寂しそうな顔をしていたのに気付けたかもしれない。


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