風惑リアリティ 十七話小話 とける色に思うこと


ピシャ、と閉じられた扉の向こう、曇りガラスに映る影が消えたのを確認して溜息を吐く。
デスクの上に散らばった書類は思ったようにはかどらず、いつもの自分の作業量の半分もいっていない。
まだ温かい茶の入った湯のみを持って、ひとりごちた。
「……なんだっていうんだ」
バレンタインのあの日、げた箱に入っていたチョコを抱えて飛び出したの言葉に、自分の頭のどこかが急に動くのをやめた。


『ああ、俺には大事だね!』

イラつく対象でしかないのだろうと思っていた。どうにも違和感ばかりを作り出す奴だと判断して、関わらないようにしていたのは事実だ。
目の前で風紀を乱す行為を取ろうとするから取り締まろうとしただけなのに、その輩をみすみす逃してなにをしているんだろうと、腕を掴んでいたはずの手を見下ろした。

(追いかけて咬み殺して、チョコレートを没収すればいいじゃないか)

だというのに、足が拒否したように動かない。
あの生徒は特別措置でバイトを許可している、そして少しおかしなことを言う奴だと、それだけだと。
わかっているのに、

(どうして)

面倒だと、そう思いながら頭を整理した。そして気付かなくてもいいことに気付く。
もしかして今僕はに言われたことに少なからず衝撃を受けているのではないかと。
愕然とした。他人に左右されることを一番厭う僕が、どうして、僕が、
そして、

だからイラつくのではないかと。
違和感と、苛立つ理由が繋がってしまった。
並盛に居るくせに思い通りにならないことに違和感がある。思い通りにならないから腹立たしい。この場合、僕が腹立たしいのはチョコを回収できないことだろうか。

―――本当に?


珍しく雪が積もった日、群れてる奴らを適当に咬み殺しながら歩いていた道中、電柱にもたれかかっている人影を見つけた。
不審人物なら即座に咬み殺そうと、近づいて、思わず足が止まった。一瞬間をおいて、襟首に手を伸ばす。

「なにしてるの」

ぐえ、と悲鳴を上げながらこちらを見たのは案の定だった。
襟首はそれほど強く掴んではいないけれど、がむしゃらに手を伸ばして外させられることはない。つい、と口から勝手に言葉が飛び出した。

「今月分のレポート提出する日だろう」

言ってから、考え込む。明日だろうが、明後日だろうが構わないことじゃないのか。こんなどうでもいい理由をつけて、僕は何がしたいんだ。
けれど、撤回するのも馬鹿らしい。どうせなら目の届くところで、書かせればいいのだ。

そう、どうせなら、目の届くところで。


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