風惑リアリティ 十五話 警鐘・警報。契機はいつ頃?
「お前いい加減携帯いじるのやめろよ……」
「はっ、別にお前と話すことなんざねーんだからいいだろ」
昇降口の外でツナが出てくるのを待っている間も、隣に居る獄寺は手にした携帯を何やら操作していた。
俺が携帯を持っていない故のひがみというわけでもないが、すぐ隣に立っているくせに一言も話さないというのは正直どうかと思ったのだ。
「学校の中が圏外になったりしたらさぞかし大変だろーな、お前」
「け、圏外……!!」
俺の一言に、それまで絶えず動かしていた指を止めて獄寺が顔色を蒼白にした。
ツナがいないとき気付けば携帯をいじっている獄寺へ、若干嫌味っぽくなってしまったのは自分でもわかっていた。
しかしそこまでショックを受けるような言葉だっただろうかと、獄寺の顔の前で手を振ってみたが反応がない。
―――ただの獄寺ではないようだ。
「、獄寺くん、お待たせ……ってあれ?獄寺くんどうしたの?」
「さぁ……」
やっとやってきたツナと2人、顔を見合せて、首をかしげた。
警鐘・警報。契機はいつ頃?
「あっははは、圏外!そんなことがあったのかよ」
獄寺と別れたあと、昨日あったことの顛末を聞いて、俺は声を出して笑ってしまった。
やってきたランキングフゥ太のランキングが雨でめちゃくちゃになり、ツナの右腕にふさわしさランキングで獄寺が大気圏外になってしまったなど、確かに獄寺にとって悪夢となってしまっても不思議ではない。
「おかしくなるにも程があるよね。獄寺くんが子供好きランキング1位だなんて」
「ぶっ」
思わず、噴き出してしまった。獄寺の性格を嫌という程知ってしまっている今だからこそ、ありえなさ加減に笑いが止まらない。
しかし、ランキングフゥ太の話を聞いて引っ掛かることがある。
ここではまだずっと先の話だと思うけれど、確か六道骸がツナのことをあぶりだすために使ったのがフゥ太のランキングだったような気がするのだ。
(ケンカランキングだっけか?)
それならば、言っても無駄に終わるかもしれないが少なくともランキングを作らないように勧告しておくべきかもしれない。
「……なぁツナ。今日お前んち行っていい?そのランキング小僧いるんだろ?」
「え?う、うん」
途端に声音を変えた俺に不思議そうな顔をしつつ、ツナが頷いた。
「ツナ兄、おかえりー!」
「あ、フゥ太、ただいま」
玄関の扉を開けるなり、リビングから顔を出した子供がいる。この間ツナの家に来た時は見なかったその顔が、ランキングフゥ太なのだろうかと見当をつけた。
「この人ツナ兄の友達?」
「うん。、こいつがうちに泊まり込んでるフゥ太」
「はじめまして。俺、って言うんだ」
きらきらした目でこちらを見上げてくるフゥ太が、まさかマフィアに狙われる異才の持ち主だとは思えなくて他の子供にするように笑んで自己紹介を返せば、嬉しそうに口端をあげた。
「僕、フゥ太!ツナ兄の友達だったら、兄って呼ばせてもらうね」
人懐こい笑みを浮かべるフゥ太の頭を撫でて、こいつが本当にツナに懐いているのだろうなと感心する。
初対面の人間にも臆さず接しているのは、ひとえに俺がツナの友達と紹介されたからなのだろう。
「じゃあ、俺飲みもの取ってくるから先あがっててよ。フゥ太になんか話があるんでしょ?」
「あ、悪いな」
肩に担いでいた通学鞄を下ろしつつのツナの言葉に甘えて、フゥ太を連れてツナの部屋へ向かう。
「僕に話ってなーに?」
「あ、いや、話っていうかな……」
行儀よくと座って話を待つフゥ太の様子がまるで子犬の様で、突然ランキングの話を切り出してはいけないような気分になった。
あー、とかうー、とかひとしきり妙な唸り声をあげてから、腹を決める。
「フゥ太、お前さ、並盛のケンカランキングとかもう作ってあるのか?!」
勢い任せに大声で尋ねてしまって、目を丸くして驚いているフゥ太に慌てて咳払いをした。
「いや、ごめん」
「ううん。つくってないけど……そんなランキングも楽しそうだね!」
(逆効果ー!!)
嬉しそうに声をあげたフゥ太に頭を抱えた。自分から言って作らせてどうする。
「いや、そうじゃなくてな、作らないでほしいんだよ、ケンカランキング」
「……え?」
訴えかけるように言うと、フゥ太の顔が曇った。不味い、と思うのもつかの間。
「なんでそんなこというの?ランキング作るのは僕の生きがいなんだよ?」
目に涙を溜め、いつの間にやらフゥ太の手には大き過ぎるランキングブックを抱えて、きっ、と目に力を込めてこちらを見上げてくる。
「そんなこと言う兄はどんな人なのさっランキングするよ!」
「あ、おい!やめ……」
ランキングするよなんて言葉が脅しになるなんて思いもしなかったが、こいつのランキングは確かマフィアが主体のもののはずだった。
そんなところに俺の名前を残さないでくれ、と必死に止めさせようとするが一瞬遅い。
「こちらフゥ太、聞こえるよランキングの星」
ぼそり、と耳に届いた声に鳥肌が立つ。本当にどこかの星と交信してるのかと背筋が冷えた。が、
「……あっ」
虚空を見上げていたフゥ太の眼が、急に光を取り戻す。
浮いていたテーブルががたんと音を立てて落下し、フゥ太のランキングが終わったことを告げた。
しかしフゥ太の表情が冴えない。まさかあまりに絶望的な順位でも出たのか、と恐る恐る尋ねる。
「なんだ、どうしたんだ?」
「っ!」
肩をつかもうとした手が、避けられる。
思わずといったふうなその反応に、行き場を無くした手を膝の上に戻して言葉を待った。しばしして、フゥ太の口が開かれる。
「兄、って、何者?」
「……は?」
何者と問われても、ランキングで何が出たのかを知らないから、なんとも答えようがない。もし、それなりに足が速いみたいだけど、陸上部の人?とでも問われたならいざ知らず。
「―――きない」
「え」
震える声で言うのを、なんとか聞き返した。
「兄のこと、ランキングできないんだ……こんなの僕初めてで……」
(ランキングが、できない?)
やたら時間が短かったように思えたのは、気のせいではなかったらしい。
それにしてもランキングができないと言うのは、一体どういうことなのか。
結局行き着くところは一つしかない。フゥ太が先ほど「何者?」と尋ねたのは、俺がこの世界の人間でないことが関係しているのだろう。
漫画で読んだとき、フゥ太は自分のランキングが外れたことからツナに尊敬の念を持ったようだったけれど、それとはやはり違うようだった。
自分がしたランキングを打ち破るツナと、自分のランキングがそもそも通用しない俺では、ここまで反応が違うものなのか。
怯えと畏怖の念が映る目には、はっきりと拒絶の色が見えていた。
そんなフゥ太に強く出ることもできず、距離を保ったまま気まずい沈黙が部屋に落ちる。
けれどすぐにドアが開いて、盆にグラスを3つ乗せたツナが入ってきた。
「お待たせ、ジュースが無くてお茶なんだけど……」
先ほど学校で俺と獄寺の間に流れていた空気とは違うものを感じたのか、ツナの声が途切れる。
俺とフゥ太を見比べて、思いきったように聞いてきた。
「、なんか……あった?」
「いや、ごめん。俺が怖がらせちゃったみたいでさ」
なるべくなんでもない風を装って、なんとかいつも通りの笑みを返す。訝しげに見てくるツナには通用していないようだったけれど、それ以上はできなかった。
「今日は俺帰るわ、奈々さんによろしく」
「え、ちょ、?」
グラスの一つを取って中身を飲みほし、ドアに手をかける。後ろでは、フゥ太がツナにしがみつくのが見えた。
シャツをぎゅうと掴む手に力が込められているのを見てとって、少し胸が痛くなる。
「……ごめんな、フゥ太。でも、さっきの話考えといてくれ。ツナに関係することなんだ」
ツナを引き合いに出すのは卑怯だけれど、嘘じゃない。得体のしれない俺の言葉だと思って聞き流さずにいてくれることを願いながら、開けたドアを閉めた。
ツナの家を出ると二階からツナが手を振っているのが見えて、力無く手を挙げる。
フゥ太の恐怖に怯える目が、心に残っていた。
病院で会った雲雀のなにがなんだか分らない怒りよりも、ずっと。
(きつい、な)
自分がここにきてから、決定的な拒絶を受けたのは初めてだった。
リボーンは海より広そうな度量で微妙な理解を示してくれたし、雲雀はそもそも俺を頭の可哀そうな奴としか思っていないような反応だったし、ディーノはリボーンから俺の身の上話を聞かされていなかった。
フゥ太にはそもそもその話をしていないうちから、すでに異端の者だという拒絶をされてしまった。
フゥ太の反応がむしろ普通なのだろうと考えると、更に胸が締め付けられた。
(普通の、反応……か)
もしツナにランキングができないことであるとか、死ぬ気弾を弾くことを知られたら、どんな反応をされるのだろうか。
そう考えて初めて、ツナには俺がこの世界の人間じゃないことを本気で知られたくないと、思った。
(いろいろと理由つけてたけど、結局拒絶されるのが嫌なのか、俺)
自分で思っていたよりも自分が弱いことに気づいて、溜息が出た。拒絶されようがなんだろうが平気だと思っていた自分がもういない。
それだけこの世界にいた時間が長いのだと、感じていた。