風惑リアリティ 十四話 病院で騒ぐのは御法度なり


「すみません、沢田綱吉の病室って何号室か教えてもらえますか?」

「沢田さんですね、少々お待ちください」

今、俺は病院に来ている。もちろん俺が怪我をしたり病気にかかったりしたわけではなく(保険証を提示することもできないのでそんな事態になっても困るのだが)、ツナの見舞いにきたのだ。
ディーノと一緒にピクニックに行くのだと言っていたツナはそれはもう楽しそうで、それがまさか入院の原因だとは考えもつかず、骨折したと聞いた時には驚いた。

(どこをどうしたらピクニックで足折るんだよ……)

足の怪我に敏感なのは自分だけだろうとは思うが、ツナが落ち込んでないといいのだけれど。

「お待たせしました。沢田さんは504号室です」

「あ、どうも。ありがとうございます」

エレベータへ向かおうと足を向けると、そこに見知った顔があるのに気がついた。

「あ」

「あれ?君だ」

俺が咄嗟に挨拶を返せなかったのは、そこにいた2人―――笹川京子と三浦ハルの恰好が、なぜか烏帽子を被りテレビで見る陰陽師のような服装だったからだ。

「ツナさんのお見舞いですか?私達も今行って来たところなんです。712号室ですよ」

「……あれ?マジ?」

ついさっき聞いた部屋番号と違う。



病院で騒ぐのは御法度なり



つい今しがた見舞いに行ったという二人の言葉を疑うわけにもいかず、教えられた病室のある7階に来て見れば。

「この階個室病棟じゃねーか……」

症状の重い患者か、特に環境を気にする人は個室を選ぶだろうが、ツナはそのどちらにも当てはまらないように思えるのだ。
不思議に思いつつも辿り着いた712号室の患者名が書かれたプレートを読む。

(沢田綱吉……合ってる)

カラリとドアを開けると、こちらを向いた顔が嬉しそうに俺の名を読んだ。

!」

固く巻かれた包帯で片足を不自由そうにしながらも元気そうな様子にほっとして、病室に足を踏み入れた。

「よっす、見舞いに来たぜ」

安ぽくて悪いけど、と果物の入ったかごを差し出すと、ツナが笑いながらそれを受け取った。

「ありがとー。俺食べ物の方が嬉しいよ」
「そういってもらえると助かる。にしてもお前なんで個室なんだ?」
「いや、それは……いろいろとあってね」

苦笑して、はは、と乾いた笑いを返してくるのに首を傾げる。どうにもこのときの話がおぼろげにしか思い出せなくて、謎が深まるばかりだ。
聞き返そうかと思ったその時、ちょうど俺の背後にあるドアが開いた。

「元気そうじゃねーか。見舞いに来たぜ」
「山本!」

顔をのぞかせた山本に、ツナの顔が元通りの笑みに染まった。蒸し返すのも悪いような気がして、口をつぐむ。

もきてたのな」
「おう、ついさっきな」

挨拶をかわしつつ山本の手にあるものを見て目を疑った。
鮮度も味も最高と言わんばかりの刺身がふんだんにのせられた、特大の舟盛りなんて、普通友達の見舞いにもってくるだろうか。

「親父がこれもっていけってさ」
「わっすごっ」
「高そ……でも旨そ……」

思わず素直な感想が口から洩れてしまって、頭を掻いた。

(どんだけ気前がいいんだ山本の親父さん)

若干どころでなく見劣りする自分の見舞いの品を脇によけて壁に背を預けると、またもやドアが開いてもう一人男の影がのぞいた。

「若きボンゴレお怪我ですか」
「大人ランボ!」

いつの間に10年バズーカを使ったのか知らないが、突然現れたランボの顔を見て、ふと思いついた。
この間は未来の話を聞いている最中にそれどころではなくなってしまったから、話が中途半端に終わってしまっている。
いい機会だから聞いておこうかと、どこから取り出したのか洋式便座の形をした置物をもつランボに声をかけようとした瞬間、それまでとは違う騒々しい音を立ててドアが開かれた。

「大丈夫すか十代目−!!!」
「君が大丈夫かー!!?」

ツナでなくとも突っ込みを入れたくなるような満身創痍で全身のあちこちを赤く染めた獄寺の姿に、その場にいた全員が目を丸くした。
持ってきた白薔薇でさえ真紅に変わるというのに、途中何度か車に轢かれかけたと軽く言う獄寺に、涙目で医者を勧めるツナの内心はきっと心配だけじゃなく恐怖を感じているのではないかと思う。

「馬鹿は死んでも治らねえって言うけど、お前の場合は本当に治らなそうだな」

馬鹿は馬鹿でもその前に10代目もしくはツナという言葉がつく方の馬鹿だけれど。

「誰が馬鹿だこの野郎!」

ただでさえ傷口から血が出ているというのに、さらに血圧を上昇させて食ってかかってくる獄寺から顔をそむけたところで、奇妙な音を耳にした。
ミシ、ミシという木が圧縮されているようなその音がどこから響いてくるのか耳を澄ます。どうやら獄寺以外は気付いたようで一様に不思議そうな顔をしている。
と、まさに木が折れるような酷い音を立てて、病室のドアが外れて倒れた。―――その上に、何人もの女性看護士を乗せて。


「ごめんねー、……」
「いいって。一人じゃこの荷物運ぶのだって一苦労だろ」

看護婦を唆さないでくださいとなんとも一方的な苦情を言われ、またもや病室の移動を命じられたツナの荷物を持ってツナの隣を歩く。松葉杖をついているツナに合わせて、歩調はゆっくりめだ。
あそこに山本獄寺大人ランボという男前3人組みがそろっていたことが不幸だったのだろうが、あまりにおかしな言い分だと思いながら、増えた見舞いの品を持って辺りを見回した。

「それにしても9階なんて……もう特別室っぽいのばっかじゃねぇか」

先ほどの個室よりもさらに広めの部屋に、1つか2つのベッドが入っている部屋が目に着く。さらに言えば、病室の移動を命じた婦長の言葉もかなり不安を煽るものだった。

『ある方の御好意で、その方の相部屋となることを許可されました』

特別室のような場所に入る患者が、わざわざ相部屋を申し出ること自体おかしいと思うのは自分だけだろうか。

(ろくでもねぇ匂いがプンプンするぜ)

「あ、ここだよ。906号室。失礼しまー……」

指定された部屋のドアを開けて、ツナが固まった。

「どうした?なんかあっ……たな」

ツナの頭の上から中を覗き込んだ俺は、すぐさま頭をひっこめた。

「ヒバリさん?!うそー!!なんで病院に?!」

ツナの驚きようも尤もだ。殺しても死にそうにない奴が、どうして病人が療養するための施設であるはずの病院に居るのだろう。
風邪をこじらせたとかそんな理由だったような気がしないでもないが、よっぽど悪質な風邪菌であったのだろうとその菌に恐怖すら覚えた。

「相部屋になった人にはゲームに参加してもらっていてね。ルールは簡単」

僕が寝ているときに物音を立てたら咬み殺す、とお決まりのセリフを言ってトンファーを構える姿にどこが病人なのかと問い詰めたいのをぐっと堪えて、病室に足を踏み入れた。

「ありえねーだろ、そんなゲーム」

ひとまずげんなりとそう返すと、雲雀は俺を見た途端口角を下げて眉を寄せた。

「……何、君もいたわけ」

「付き添いだよ。悪いか」

悪いと言わんばかりの目でこちらを睨みつけてくる雲雀に嘆息して、持っていた荷物をベッドの脇に置く。

「ここが騒音禁止になる前になんかしとく事あるか?」

「え?特にないけど……まさか帰るの?!」

まさかと言われても、見舞いに来たのだからいつかは帰る。確かに相部屋が雲雀では心配なことこの上ないが。ツナの頭を撫でながら、溜息を吐いた。

(山本も下で待ってるしな……)

そもそも俺が一人でツナをこの部屋まで送り届けたのも、追い出されてしまった山本とやはり医者送りになった獄寺に頼まれたからだ。病院の入口で待っていると言ってくれた山本と一緒に帰るつもりだった。

「なるべく病室にいないようにするしかねぇかな……」

「そんなぁ」

雲雀が夜寝ない訳はないので、ゲームに負けるのを先送りにするぐらいの効果しかないだろうけれど、俺一人で雲雀の掌握しているこの病院からツナを出すこともできない。
ゲームをやめさせられればそれが一番いいのだけれど、先ほどからずっと刺し殺されそうなほどの視線を感じていて、その視線の張本人を説得することなどできそうになかった。

(あんなに機嫌悪そうな雲雀なんて9月以来だぜ)

あの時と違うのは、どうにも俺一人では回避させてやれそうにない事態だと言うことだ。ツナが足を骨折していて、入院が必要だと言われたなら俺の勝手で退院させるわけにはいかない。
「それじゃ、ツナ。俺そろそろ」

「本当、騒がしいからさっさと消えなよ」

帰ろうかな、と言いかけたのがこの上なく不機嫌そうなその声にかき消されて、背筋が凍った。そんなに気に障るようなことをいっただろうか。
恐る恐るそちらを見ると、もうこちらを睨んではいなかったもののこちらに背を向けている。明らかに苛立ちの籠ったそれを不審に思いつつ、自分のバッグを手にした。

「言われなくとも退散させてもらうぜ。ツナ、無事でいろよ」

追いすがるようなツナの視線に片手をあげて詫びつつ、後ろ手でドアを閉めた。


考えてみれば雲雀と会うのは先日、真実を明かした時以来だった。
先月分のレポートを提出しに行ったときは丁度雲雀が不在で、風紀副委員長に託したのだ。
前回あった時よりもやたらぴりぴりした雰囲気を放っていたのは、やはり頭のおかしい奴と思われたからなのだろうか。

(まあ別にかまわねえけど)

退学にさせられることもないし、並盛立ち退き要求も来ないのだから、俺としては平穏ならそれでいい。
今はただ、俺のことよりもツナの無事を祈るだけである。


入口の自動ドアを出たところに立っていた山本が、こちらに気づいて手をあげた。

「わり、遅くなった」
「いいって。ツナの新しい部屋どんなだった?」
「……相部屋のやつが最悪」

ついでに機嫌も最悪だった。

「雲雀が相部屋なんだよ」
「えー?それじゃツナ大変そうだな」

はは、と笑いながら言う山本はゲームのことを知ったらどう思うだろうかと思いつつ、病院を後にした。


/←Back / Next→/