風惑リアリティ 十二話 曲がりくねって一直線に目指す現実
今日は朝から快晴だが、俺の心は
「超ブルー……」
曲がりくねって一直線に目指す現実
むしろこの晴れまくった空が憎い。そう思いつつ、前を歩く3人の後を俯きがちに着いていく。
なんでもランボの保育係を決めるのだそうで、リボーンからお呼びがかかったのだ。
もちろん最初は丁重にお断りさせて頂いたけれど、口角をあげて赤ん坊らしくない笑みを浮かべてリボーンは言った。
「ずっとお前のことを監視したんだが、どうにも消さなきゃいけない要素が見つからないもんでな。それならいっそファミリーに入れる理由をつくっちまえと」
「いやいやいやいやおかしいだろその“いっそ”の結果が」
「うるせえつべこべ言ってると頭に風穴開けんぞ」
結局俺からリボーンの誘いを断ることなんてできないのだ。もう後はリボーンのお眼鏡に適うことのないように祈るしかない。
(ていうか今の俺にとってはファミリー入りとかよりも大人数で集まることの方が怖ぇっつの)
そうなのだ。雲雀にうっかり事実を洩らしかけたあの日から俺はずっと雲雀に会うことのないように神経を張り詰めさせていた。
もちろん雲雀の言うところの群れる行動など論外である。こっちが避けていてもあちらが駆けつけてきたら意味がない。
―――あの日、バイトが終わる時を待ち伏せされたりしたらどうしようなどとも悩んでいたのだが、そこまで相手も暇じゃなかったらしい。バイト先の入口の向こうを覗いて、姿が見えないことに安堵した。
しかしまだ会うのは、困る。むしろもう会いたくないというのが本音だった。ごまかしの効かないほどの失態を取り繕う言い訳を考えられていない。
重い頭をひねりつつ辿り着いた校庭の一角ではすでにランボが泣いていて、おそらく泣かせた張本人であろうリボーンが涼しい顔で俺たちを見るなり、適性テストを始めんぞ、と言いだした。
保育係が右腕と聞いて俄然やる気の獄寺と山本を眺めつつ、一歩引いたところで周りに注意していた。いざとなったらすぐ逃げ出せるように。
「たとえツナさんでも、ランボちゃんをいじめたらハルが許しません!」
周りを見ていたから、いち早くハル(俺の歳から見ればハルちゃん、って感じなんだけどマンガ読んでたせいかハルってのが呼びやすいんだよな)が来たのには気づいていたけれど、どうやら保育係任命式に救世主が来たらしい。
やはり女の子のほうが保育とかには抵抗ないのか、と思って見ていると、一向に泣きやまないランボがバズーカを取り出した。
ハルが抱えた状態では10年後のランボを支えきれないだろうと、近づく。ボン、と音を立てて現れた10年後ランボは案の定支えてもらえずに腰から落下した。
思いきり腰を打ち付けたランボを引っ張って立たせてやる。
「おい、大丈夫か?ランボ」
「いたたた……どうしていつも10年前に来ると痛いのだろう……え?あなたは」
実際に10年後のランボと会うのは初めてだ。俺より図体のでかい奴を引っ張り上げるあげるのも疲れる。胡乱な眼つきで見上げると、当の10年後のランボは俺の顔を見たまま唖然としていた。
「ランボ、どーしたんだよ」
その様子が気になったらしくツナが寄って来てランボに問いかけた。が、ランボは口をぱくぱくとさせて、俺を指さす。
「さん、です、か……?」
目も丸くしてやたら驚いている。何かおかしなところでもあるのかと、首をかしげ、答える。
「そうだけど。何だよ?」
「俺が小さい頃遊んでもらってたのに気付いたらいなくなッむぐ!!」
「お前、ちょっとこっち来い!」
慌てふためいてなにやら妙なことを口走るランボを力づくで黙らせ、口を塞ぎ腕を引っ張って校舎の裏へ連れていく。
「?ランボ連れてってどーすんだよー!」
俺を追いかけるようにツナの声が聞こえたが、今はそれどころではなかった。
腕を離し、壁との間にランボを挟むようにして立つ。俺より高い位置にある頭を見上げて詰め寄った。
「ランボ、お前10年後から来たんだよな?そこに俺はいないのか?!」
「え?ええ。今の俺の周りにさんはいませんよ。昔はよく遊んでもらったのに。本当に、あなたに会うのは久しぶりです……懐かしいなぁ」
遊んでやったつもりはない、という苦情はひとまず置いておいて、10年後にランボの周り―――つまりは、おそらくツナの周りに俺がいないということだろうか。
「お前が知らないだけで、ひっそり日本で暮らしてるだけ、とかいうことは?」
「いいえ……あなたのことをボンゴレ10代目に聞いても、ちょっと寂しそうにして、わからない、と言うので深くは聞けませんが、多分」
ランボは驚いた表情を少し暗くして、答える。その様子に嘘は混じっていないことを確信した。
「そうか、ツナが……なら本当に俺は10年後、ここには―――いない、のか」
安堵する反面、それなら俺はいつ戻ったのかという疑問が湧いてくる。
そうして考えに沈む俺の頭の上から、一番聞きたくない声が降ってきた。
「面白そうな話をしてるね。僕にも聞かせてよ」
一瞬、呼吸が止まる。そのまま声に導かれる様に顔を上げれば開いた窓からこちらを見下ろす雲雀の顔があった。
ポン、と音を立てて俺と壁の間に居たランボが元の姿に戻る。しかし、雲雀がいることに気付くと一目散に逃げて行ってしまった。
うらやましいと思うのもつかの間、自分も踵を返して逃げようと、慌て体を反転させるも、そこまでだった。
制服の襟首を掴まれて首が締まる。突然の苦しさに、前へ踏み出そうとした足が止まり、軽く呼吸困難になる。
喉元をおさえながら、恐る恐る振り返れば、仏頂面だが口の端をわずかに下げて目を細める雲雀が見える。ともすれば跳ねそうになる声をなんとかなだめつつ、呟いた。
「こ、子供の戯言だろー、本気に取んなよ」
「10年後、君は『ここにはいない』と言った。言葉の使い方がおかしいんじゃないの?『ここ』なんて言い方普通はしないでしょ」
糾弾するような響きを持って、雲雀の言葉が俺に刺さる。頭の中はすでにパニックだ。
「この間もおかしなことが起きたね?君をバイト先に送り届けた後、赤ん坊から連絡が入ったよ。『処理班はいらない』ってね。君が言っていた通り」
襟首をつかんでいた手が、放される。逃げようにも、足が動かない。立ち尽くすだけの俺を追い詰める、最後の問いが落ちた。
「君は何者なんだい、答えなよ」
限界、だろうか。一週間をかけても考えつくことのなかったうまい言い訳を、この場で思いつくなどと都合のいいことが起きるわけはない。
諦めが胸を満たすと同時、妙に頭が冷えた。この事態を招いたのは間違いなく俺の過失なのだから、落とし前をつけなければ。
(信じる信じないは奴の勝手だ、頭がおかしいと思われんなら……それまで、だ)
腹を決めた。いつのまにか俯いていた顔を上げる。
「俺は、ここの。この世界の人間じゃ―――ない」
リボーンに話した時よりも、寂しさが胸を占める。それはここで過ごした月日がそれなりに長くなったせいなのかもしれなかった。
ただ、その寂しさは伝える必要はない。この事実を、偽りがない真実なのだと伝われば、それでよかった。
告げた瞬間わずかに眉を跳ねあげた雲雀は、しかし口を挟んでこない。
「お前が疑問に感じてた、俺が知らないはずのことを知ってる理由はこうだ。この世界―――正しくはツナの周りで起きることが、俺の世界じゃ漫画に描かれてた。俺はそれを読んだことがあるから、お前がリボーンに貸しを作ろうとする話も知っていた」
「漫画……?もう少しうまい言い訳を考えたらどう?まだ、昨日見た夢と混同した、とか言う方が面白いんじゃないの」
やはり信じろという方が無理な話だろうか。リボーンがあんな短時間でそれなりの理解を示してくれたことの方が、異端だったのだろうか。
「……別に、信じるか信じないかはお前の自由だよ。他に、明快な答えを出せるってんならそっちを信じればいい」
雲雀と視線を合わせる。これまでのように攻撃を仕掛けたり、仕掛けられたりする前の数瞬とは違う種類の緊張が辺りに満ちる。
種類は違えど、俺の真剣さは一緒だった。相手に伝わってほしいのが攻撃ではなく、言葉であるという違いだけ。
「―――つまらないな」
こちらを見下ろす雲雀の視線がそれる。その瞬間、なんとなく勝ったような気がした。それが、感じていた重圧が薄くなって、楽に呼吸ができるようになった所為だと知る。
「赤ん坊が言ってるような、マフィアとのつながりがあるわけじゃないの?」
「違う」
「じゃあ……」
雲雀の確かめるような問いを否定して、尚問いかけられるのかと思えば、雲雀は何やら口ごもってそれきり口を閉ざした。
訝しむように見上げるが、続きが発せられることはない。
「……俺、もう行っていいんだな?」
「……」
勝手にしろ、と言わんばかりにこちらに背を向けられて、俺はその場を後にした。
一度振り返ったけれど、雲雀は背を向けたままだった。
返ってきた裏庭ではツナが泣くランボを抱えていて、リボーンがツナに保育係をやれと決断を下していた。とりあえず現場から外れていた俺は棄権とみなされたらしい。
それでは結局この騒動はなんだったのかと急にどっと疲れが出たように思えたが、これでひとまず雲雀に問い詰められることはもうないのだろうと、胸をなで下ろした。
けれど、雲雀があんなにすんなり引き下がってくれるとは思わなかったから、少し肩透かしを食らった感がある。
そこにかすかな違和感を感じながら、俺は先ほどよりも明るく見える空を振り仰いだ。