風惑リアリティ 十二話小話 風が惑わすなにか


「俺は、ここの。この世界の人間じゃ―――ない」

何を言い出すんだろうか、この生徒は。それが僕の素直な感想だった。

てっきり漫画とかゲームのやりすぎで現実と夢を混同している、このぐらいの年の子にはよくありがちな妄想だろうと、思った。
だから、否定した。今まで何度か接してきたという生徒は、中学一年にしてはかなりしっかりしていて真面目にそんな妄想をするような奴には思えなかったから。
けれどそんな否定にすら目に込めた力を弱めることはなく、むしろ辛そうな表情を浮かべて自分の主張を変えようとはしない。
自分が異世界の人間であるという言葉そのままに、この世界を漫画で知っているとまで言いだす。
頭のおかしい奴、と一蹴できればよかった。
殴ったら正気を取り戻すんじゃないかとも。
でも、まっすぐにこちらを見てくる眼は、妄想に捕われていたりするような濁った眼じゃなかった。

むしろあのときの眼と、被る。

『俺らしくねー俺とはさよならだ』

やたら憔悴した様子で勝手に応接室に入ってきて、勝手に寝た挙句勝手に飛び出していったあの日の彼の眼と。


が応接室に入ってきた時はちょうど見周りの時間だった。
だから咬み殺すのは後にしようと、先に見周りに行った。けれど帰ってきてみればまだソファーに座ったままだし、舐められているのかと思ってトンファーを取り出した。
そのまま近づいてみても、反応がない。今までの反応の速さからは考えつかないその様子に、俯いたままの顔を覗き込んでみたら、眼は閉じられて熟睡していた。
溜息を一つついて、自分の席に戻った。咬み殺すなら、手応えがある時の方がいい。―――頬が濡れてるか濡れてないかなんて、僕には関係のないことだ。
夕方になってようやく目を覚ましたと思ったら騒がしいから、早速トンファーを取り出した。そのくせやり合う気がないみたいだったから、発破をかけた。

「逃げるの?」

と、そう問うた僕の声に清々しい顔を向けて、は言った。

「戻るんだよ!教室に。答えも出たし、あいつらに謝らなきゃならねーからな」

あのとき僕は、この応接室から逃げるのかと、そう聞いた。
けれど、もしかしたらあのときのには、『ここ』から逃げるのかと、そう聞こえたのかもしれない。
そして、先の言葉を言ったのだ。
僕は咬み殺す気でいたのだけれど、やたら真っすぐな眼に毒気を抜かれたようにやる気が失せてしまって、トンファーを下ろした。


きっと、この眼を否定することは意味がないことなのだろうと。
なぜかそこに行き着いてしまった結論に、自分自身が一番戸惑っていた。

「―――つまらないな」

本当に、つまらない。それでは結局、僕が何をしようと関係がないということだ。

「赤ん坊が言ってるような、マフィアとのつながりがあるわけじゃないの?」

赤ん坊とつながっている出来事なら、まだ、

「違う」

きっぱりと言われたそれに拒絶されたような気がして、言葉が切れる。

「じゃあ……」

本当にの言ってることをそのままに飲み込めば、『こことは全く違う場所』からきたは勝手にいつか帰って行って、10年後『ここ』にはいないということになる。
いまは並盛に居るくせに、なにもかもを勝手に行動するは並盛にいるもいないも同じようなものだ。
並盛に居る以上は、僕の取り締まる管轄内のはずなのに。

「……俺、もう行っていいんだな?」

好きにすればいい。引き留めようが引き留めまいが、いつかは勝手に行ってしまうんだろう。
そして僕が背を向けると同時、走り去る気配がした。そのつもりだったとはいえ、苛立ちが湧いた。

―――はた、と。僕が苛立つ理由なんて無い、と気付いて、妙な違和感が胸を占める。

(……こんな違和感すら、腹立たしいな)

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