風惑リアリティ 十一話 鬼の顔が仏より優しいわけはない


ふんふんと、イヤホンから流れる歌に合わせて小さく鼻歌を歌いながら俺は大通りを歩いていた。
今日は日曜だけれど、朝からバイトが入っている。夕方には上がれる予定なので、レンタルショップに寄って新しいCDでも借りて帰ろう、などと考えていた俺の横の道路を、バイクが駆け抜けていった。
まだ車通りの少ない中を走るバイクをなんとはなしに目で追う。
と、急にウィンカーを出して目の前の交差点を曲がり、横断歩道を過ぎたところで止まった。
あんなところに何も無いのにどうして、と思いつつ目が離せない。
そのまま俺もバイクの後ろを通って横断歩道を渡ろうとしたところで、乗っていた奴がヘルメットを外した―――瞬間に、俺の足はくるりと方向転換。

しようとしたが、無駄に終わった。

「なに引き返してるの」

(お前が来たからに決まってんだろ……)

ヘルメットの下から現れた顔は黒く短い髪に釣り目、そして腕章を付けた学ランを羽織っている並盛中学校風紀委員長・雲雀だったのだ。

「今お前とやり合ってる暇はねぇんだよ……」

「ああ、バイト?送ってあげようか」

What?今こいつはなんと言ったのだろうか。俺の耳がおかしくなってしまったらしいと首を傾げたまま数秒。

「今赤ん坊のところに行って貸しを作って来たんだ。機嫌いいんだよ」

「赤ん坊……リボーンか。雲雀に貸し……ああ!」

ぽん、と手を打つ。キーワードからなんとか、モレッティとかいう名前の工作員が来た時の話を思い出して、納得した。

(道理で学校もないこんな朝っぱらから、こいつがバイク走らせてるわけか)

雲雀の常では考えられない気遣いの原因がわかって安堵する。それでなくては、安心して雲雀のバイクのケツに乗ることなんてできない。
運動会の時は乱闘にはならなかったけれど、その前に雲雀にやられた肩はやっと痛みがなくなってきたところなのだ。

「……乗ってる最中に振り落としたりしないなら、乗せてください」

「人聞きが悪いね。はい、これスペアのメット」

ぽい、と投げられたフルフェイスのヘルメットを受け取った。どうやら今日はついているらしい。



鬼の顔が仏の顔より優しいわけはない



「そういえば、何でお前俺のバイト先知ってんの?」

送ると言った雲雀は確かに俺を拾ったところから一番近いルートを通ってバイト先に向かってくれている。
だから安心していたのだが、考えてみればどうして俺のバイト先を知っているのだろうか。ばたばたと風に煽られる服の音と、バイクの排気音に邪魔されつつも問いかけてみた。

「僕の家方面なんだよね。だから君のバイトに気づいたんだけど」

「ああ」

そう言えば雲雀が俺のバイトを糾弾してきた時、“ファミレス従業員”と職種まで当てていたことを思い出した。あの時はてっきり部下の風紀委員に調べさせたものだとばかり思っていた。

「5月の下旬だったかな。ちょうど君がファミレスに入っていくのを見かけてね。どこかで見た顔だと思ったらうちの生徒じゃないか。客席に座る様子もないし」

「……運悪ぃ」

「それでカマ掛けてみたら君の反応がそれっぽかったからね」

せっかく学校とは別方向の、並盛の外れにあるファミレスをバイト先に選んだというのに、雲雀の帰路では意味がない。溜息をついて、はっとした。帰路?

「お前、家帰んの?!」

「……どういう意味」

てっきり学校に住んでいるものと考えていた。学校大好き並盛ラーが家に帰るという事実を知って、なんとも不思議な感覚を味わう。
そんな俺の考えを感じ取ったらしく、肩越しにちらりと雲雀が後ろに座る俺をジト目で睨んできた。ヘルメット越しではあるが、伝わる不快感は最高潮だ。

「いやー、ははは、驚いた……だけってうわ悪かったよすみませんうわあああ!」

雲雀が前に向きなおった途端、制限速度を守っていたバイクが急に加速した。振り落とされそうになって、シートについていた手を雲雀の腰に回す。
それでもまだ安定感は得られなくて、そのまま雲雀にしがみついた。けれど、ぎゃあ、だのわあ、だの叫ぶ俺の声がうるさかったのか、それともただ単に信号のせいなのか、それほど間をおかず速度が緩まる。
赤信号で止まると、雲雀はふところから携帯を取り出した。ぴ、ぴ、と迷いなくプッシュされるのは副委員長あたりの電話番号だろうか、とぐらぐらする頭を働かせて小さく呟く。

「処理班は……いらねーよ……」

ピ、とプッシュ音が途切れる。雲雀が不思議そうにこちらを見下ろした。

「なんでそんなのわかるのさ」

「あー、お前が見た死体は生きてるからだよ……あいつ自分で心臓止められるんだって。うっぷ。今頃起き上がってツナたちを安心させてるんじゃねーか?」

頭が振られたせいでいくらか酔ったらしい。軽い吐き気をやり過ごしながら、言葉を紡ぐ。深呼吸をしているとようやく気持ち悪さが無くなってきて跳ねていた鼓動も正常に戻ったようだった。
やはり雲雀のバイクに相乗りなどするものではない。心臓に悪すぎる―――そう考えていた俺の耳に、冷たい声が響いた。

「僕は草食動物の家からまっすぐにこの道へ来た。君はあの場にいなかったし、知っているはずがないと思うんだけど?死体の処理班のことなんて。“そんなの”は処理班がいらない理由じゃなくて―――僕が見てきたものを何故、君が知っているのかということだよ」

一瞬で頭が冷えた。

喋りすぎた。不審がられて当たり前だ。俺はエスパーかなにかか。覚えていないことは肝心な時に思い出せないくせに、知ってることを軽く口にして。
冷や汗が頬を伝う。口を開くのさえ戸惑われて、視線を彷徨わせる。このときばかりは、顔を覆ってくれているヘルメットがありがたかった。
その内赤信号は青信号に変わって、バイクは走り出す。同時に雲雀が前を向いて、無言の重圧が少し和らいだ。けれど、答えが出ない。しがみついた手を、離した。


俺にとってすごく長く感じられる5分ほどが経過してバイト先に着くと、俺は即座にバイクから跳び下りた。
ヘルメットを脱いで、投げる。その間も雲雀の視線から逃げるように俺はバイクの後輪を見ていた。

「……さんきゅ」

「…………」

礼を一言述べてそのまま後ずさって、バイト先へと駆けこむ。
背中に感じていた痛いほどの視線が無くなっても、俺の目の前に突如現れた信号機は黄色く点灯し続けた。

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