風惑リアリティ 一話 頭はいまだ夢と現のはざまを彷徨ってたんだ
朝日の眩しさに、思わず目を開ける。開いた目に映るのは当たり前だが自室の天井に他ならない。
「うー……、ついに今日から授業開始かー」
つい先日、大学の入学式に出た俺は数日の在宅期間を経て今日から大学へと通い始める。
勉強嫌いな俺が参考書や教科書と格闘したのはあの受験直前の日々が最初で最後だろう。
前日にテンパって「明日って始発に乗んなきゃ間に合わないんだっけ?!ていうか受験票ねえよ!」と大騒ぎしたのも
今となってはいい思い出だ。もちろんそんなことは無事に受かったからこそ言えるのだろうが。
いつまでも布団の中でまどろんでいるわけにもいかない。ベッドから降りれば四月とはいえまだ涼しいが、そろそろ朝食を取らなければ。
「・・・ん?」
もそもそと這い出して靴下に手を伸ばす。そこで、違和感に気づいた。
その正体が何であるのか、未だしっかりと起きていない頭を左右に振って部屋を見渡す。
そこで、目に入ったのは。
思わず窓枠にかじりつく。夢でも見ているのかと、目をこすり、頬をはたき、腕をつねる。
しかし目の前の光景は、変わらない。ひゅう、と喉が変な音を立てた。そして、
「んじゃこりゃああああーーーー!!!」
静かな朝の町に、俺の絶叫が響き渡った。
頭はいまだ夢と現のはざまを彷徨ってたんだ
「と、とととっと、と、と……!」
(隣の高層マンションが……消えてやがる!!)
そう、大学に受かったと判明した2月の中旬から引っ越したこのマンションの隣には、もともと10階建ての高層マンションが鎮座していたのだ。
俺の部屋の東に位置しているそれのせいで、本来俺の部屋にはまともに朝日が入ることなんてないのだ。
(なんだこれ?!一夜でマンション取り壊しとか……ねーよ!ていうか俺起きるだろ隣でガンガン工事してたら。
はっまさかこれはぬー●ーでやってた夜中誰にも気づかれないように建物を移動させる妖怪がいるという都市伝説?!)
慌てふためきつつ残りの衣服を身に着ける。その勢いのままドアを開けて、リビングを抜けて、外に出ようとしたときだった。
リビングのテーブルの上に紙が置かれているのが目に入った。置いた覚えのないそれを不審に思いつつ、手に取る。
「うおっ」
真っ白だったその神に、光るように文字が浮き出てきた。手品のようなその光景にあっけに取られつつ、浮かび上がる文字を目で追う。
『ようこそ。この部屋を借りてくれた貴方に、一つのプレゼントです。思う存分この世界を堪能してください』
滑るように滑らかに、浮かび上がる文字の意味が捉えられない。
『P.S 学生証と制服については心配ありません。用意しておきましたから!』
なにをそんなに自信満々なんだ。働かない頭が最初に思ったのがそれだった。
読み終えてしばらくして、徐々に内容を理解しようとして頭が稼働し始める。フル稼働を迎えてなお、出した結論はあっさりとしていた。
「意味わかんねぇ」
「それでは、入学式を終えたことだしクラスのみんなに自己紹介をしてもらいたいと思う」
現在午前10:30。
(どうして俺ここにいるんだかなぁ)
もともと1限に間に合うように行くはずだったので、大学生としてはかなり早い時間に起きていた。
意味不明な手紙は再びテーブルの上に戻すと同時に燃えてしまって(火事になると思って水ぶっかけたらテーブルは焦げてすらいなかった)
茫然と辺りを見回せば、リビングの服掛けに綺麗にクリーニングされた制服があって、ご丁寧にも胸ポケットには学生証が入っていた。
そこに張ってあるのはどう見ても自分の写真で(というよりこの間受験票に貼るように撮った奴だった)明記されているのも自分の名前だった。
事態が飲み込めないので半ば自棄になりつつ食事をとって、もとの予定通り大学に向かおうと玄関の扉を開けた。
しかし、そこで断念せざるを得なかった。
思わず閉めてしまった扉をもう一度、小さく開いてみた。が、結果は同じで、そこから見えた風景は、越してきたばかりの町ではなかった。
うなだれつつ、リビングへと引き返す。それまで来ていた私服を脱ぎ捨て、用意されていた制服に袖を通す。
サイズがぴったりなことにぞっとしつつ、ズボンのポケットに何かが入っている感触に恐る恐るそれを取り出す。
『並盛周辺MAP』と題されたそれは周囲の地図のようで、『現在地』から『並盛中学校』へと赤い矢印が伸びていた。
(並盛・・・どっかで聞いたことがあるような)
かすかに疑問を感じる。しかし答えが出てこないので諦めた。というより、指定された先が中学校であることに一番の憤りを感じていたのだが。
なんだかんだと言いつつそこで投げ出さずMAPを見ながら指定された場所まで来てしまったのは、
「――番 、君」
「……はい」
(前に言われたな……変に順応性高い、って)
そう、ひとえに流されやすく適応能力の高い性格ゆえだった。
地図を見ながら辿り着いた先は本当に公立中学校そのもので、眩暈がした。
(俺、大学生なのに)
新入生であろう子供たち(ていうか俺から見たら子供であってるよな……)が着ている制服は今自分が着ているものと同じだった。
そして彼等が集まっている校庭の一角に建てられた即席のボードには、この時期によく見る組分けの掲示が貼ってある。
まさか自分の名前があるだろうとも思わないので、ぼーっと掲示を眺める。しかし、
「おいおいおい」
『』の名前がそこにある。クラスは1−A。同姓同名のやつがいるのかと、それこそよくできた夢に違いないと思い始めたその時。
「おーい、新入生はこっちに集まれ。整列してから体育館に入るぞ。呼ばれた者から並べ」
おそらく担当教師であろう男の声が響いて、我に返った。
まさか、そんな、という思いが胸に渦巻く。そして、その瞬間は無情にも訪れた。
「ー、!いないのか?!」
それまで調子よく続いていた生徒の返事が、途切れる。数秒そのままで待ってみたが、誰も名乗り出る者はいない。
「―――はい、俺です・・・・・・」
観念して、声を上げた。
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